発達障害ちゃんと赤ちゃん

39歳。ADHD診断済み。3歳の息子と猫2匹と暮らす。同い年の夫と別居中。

産後の記憶 泣き声の幻聴

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夜中、赤ちゃんの泣き声が聞こえた気がしてビクンと体が強張り起きる。

耳をすましてみても無音。

幻聴。

もう何百回も幻聴を聞いている気がする。

眠っていてもお風呂でシャワー浴びていても遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

幻の赤ちゃんの泣き声は、起きると消え、シャワーを止めると消える。

ああ、まただ。また幻聴だと思うけれど、10回に1回くらいは本当に泣いてるから気は抜けない。

もう一度耳をよくすましてみる。

冷蔵庫のモーター音だけが低く唸っている。

自室から出て赤ちゃんと夫が眠る部屋の前に行き、ドアに耳を当ててみる。

夫の寝息が聞こえる。

赤ちゃんは泣いていない。

寒い。

頭が痛い。

そっと赤ちゃんと夫が眠る部屋に入り、夫のベッドに潜り込む。

寝惚け眼の夫が「ん?眠れない?」と私のスペースを空けてくれる。

夫にすり寄ると僅かに安堵する。

でもダメだ。安堵してはいないと思う。

まだいける。

まだ大丈夫。

5分ばかりで夫のベッドから抜け出す。

頭が痛い。

足が冷たい。

空が白み始めた。

 

ほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃー

 

赤ちゃん、泣いてる。

不思議と赤ちゃんが泣くとホッとする。

いつ泣くか、いつ泣くか、と怯えているよりは泣かれた方が楽だ。

 

夫がもぞもぞと起き出して赤ちゃんを抱っこしてキッチンに来た。

ミルクを作る私を見て少しうんざりしたような顔をして「僕がやるから寝ててくれたらいいのに」と言う。

寝ていられないからここにいるのに。じっとしてられないから辛いのに。

うんざりしないで。

あなたにはわからない。

妊娠の体の変化を体験しないで、出産の不安も体験しなあで、ついこの前までは毎日毎日仕事に行っていたじゃない。

それを私がおかしくなったから在宅勤務を増やしたぐらいで何を偉そうにうんざりしてるの。

今だって、やってやってる、お前の頭がおかしいから仕方なくやってやってるとでも思ってるんでしょう。

あなたはわからない。

赤ちゃんは私の赤ちゃんなんだから。

私の赤ちゃん。

この人に頼ってはいけない。

私ができるところを見せなくては、私はあなたがいなくても完璧にしてみせるんだから、私には育児しかないんだから、社会で評価された上で「私を手伝う」優しい夫のあなたとは違うんだから。

 

「睨まないでよ」

夫の声で自分が夫を睨んでいたことに気がついた。

「ごめん」

不貞腐れたような声が出て、自分にうんざりする。

わかってる。

夫が悪いんじゃない。

夫は優しい。

夫はとても優しい。

素晴らしい夫、頭がおかしい私。

悪いのは私。

 

消えたいな。

 

「今日は午後Skypeで会議に出るからその間は赤ちゃん頼むね」

良き夫。良き父親。良き上司。

「うん」

ぼんやりと頷いた。

 

馬鹿馬鹿しいことに会議が羨ましかった。

仕事をしていた頃はあんなに嫌いだっただらだらと本質に踏み込まない無益な会議が無性に懐かしかった。

働いていた時の記憶が前世みたいに遠い。

 

これまで他人が羨ましかったことなんてなかったのに。優しい夫に嫉妬なんて私はなんて卑しいの。

それに醜い。

ブヨブヨに太って、髪が抜けて、肌もガサガサ、ひどいクマ。

こんな顔だったっけ?

 

「もう一回寝て来たら?僕が赤ちゃんみてるから」

立ち尽くす私に夫が優しく声をかけてくれる。

私はとても卑しく醜いので、あなたに赤ちゃんをみて欲しくないのです。

私だけで完璧に赤ちゃんを育てたいのです。

だってそうしないと私は無価値だから。

これ以上、私を価値のないものにしないで。

頭が痛い。

寒い。

助けて。

 

※これは息子が生後2〜5カ月くらいの1番育児ノイローゼがひどかった頃の記憶です。

今は普通に穏やかしております。

夫も息子も健やかです。

ADHDの産後④ マタニティーブレーズと産後うつ

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 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

私は、実家から新居に戻り、荷ほどきできてないダンボールと息子が散らかすおもちゃで足の踏み場がない部屋に立ち尽くす毎日です。

息子の保育園は慣らし保育で12時にはお迎えだし、布団カバーだのパジャマ入れだのを指定のサイズ通りに作らないといけないし、仕事の依頼はどんどん来るし、ネットもテレビも接続してないし、息子は私の側を片時も離れずに喋り続けるし、猫もずっとついてくるし。

一体全体何から手をつければよいのやらと、新居から見えるスカイツリーをぼんやり眺めます。

 

そんな慌ただしい毎日ですが、③の続きです。

まだ続きます。長い。

 

不眠と焦燥の産後うつ状態になった私と狂った私に戸惑いながらも責任感から仕事を調整し、育児の主力になろうと努力する夫。

そんな夫に対して、私の育児が気に入らないの?私がおかしいっていうの?お前に何ができるの?と敵意をむき出しにする私。

膠着状態。

一触即発。

 

なんでこんなことに。

あな恐ろしや産後うつ

 

そもそも産後うつとは?

産後うつについて調べた記憶が残っているので、簡単にまとめてみました。

 

産後うつ
・正式な医学的定義はないが、産後2,3週~6か月ぐらいの頃に発症することが多い。ひどく憂鬱な気分になったり、興味や喜びを感じないような状態になる。一般のうつに比べて不安や焦燥感が強くなる特徴があり、症状が多彩で重症になりやすい。一般女性と比べて出現率が10~15%と高い。
・産後3~10日以内に始まるマタニティーブルーズは2週間以内に自然に収まる。
・周産期メンタルヘルスには妊娠中のうつやマタニティーブルーズ、産後うつ、産褥精神病、周産期の神経症障害、既往の精神障害の再発と憎悪、死産や中絶後の悲哀反応などが含まれる。

 

上にあるマタニティーブレーズと産後うつは区別されているようです。

 

マタニティーブレーズも覚えがあります。

これは、産後の急激なホルモンバランスの変化によるものなのですが、私の場合は、産後翌朝に窓の外の景色がキラキラキラキラ輝いて見え、その時に聴いた音楽があり得ないくらい素晴らしく聴こえました。

比喩や誇張でなく、本当に視界がキラキラし、音楽は一音一音がくっきりしてメロディーが全身を包み込むように身体に染みたのです。

世界がぐんぐん自分に迫ってくる。

世界がキラキラぐるぐるしてる。

すごい楽しい気持ち。

楽しい。

楽しい。

何だこれ。

ふふふふふ、すごいいい気分。

世界は素晴らしい。

 

子どもを産んだことに感動したからかな?とも思いましたが、特に私の赤ちゃん!命!素晴らしい!とか全然思わなかったですし、出産自体も、ああ、やっと終わったという感じだったので、私の心理作用によって視界が輝いたり、音が際立ったのではなく、ホルモンバランスの変化によって脳が興奮状態にあり、瞳孔が開いていたのだと思います。

マジックマッシュルームダチュラでトリップした人の体験記に書いてあったキマり方ととてもよく似ていたので、私は今ラリってるんだ!と思いました。

 

そしてその日の夕方。

こんどは、さみしい。

隣のベッドの産婦が乳が張ったと痛い痛いと看護師に訴えている。

早くなんとかしてやってくれ、痛いのは嫌だと枕に顔を埋めて泣いた。泣きながら不思議だった。

何だこれ?

どんどん涙が出てくる。

外が暗くなってくるのが耐えられない。

暗い、怖い、さみしい。

夫が仕事帰りにお見舞いに来た。嬉しいけれど、帰る時が耐えられない。

面会時間が終わっで「帰らないで」と困らせた。

産院の玄関まで夫を送り、別れる時にはメソメソと泣いた。明日も来るのに。

 

結局、私のマタニティーブレーズはその日一日限りで、次の日からは普通に元気だったわけだけど、その日にみた、窓の外のキラキラの景色、イヤホンで聴いた瞬間に全身を駆け巡って鳥肌が立った東京事変の音楽、夫の着ていた服、持っていたカバン、抱きしめられた時の匂い、泣きながら乗ったエレベーターの扉の色、全部今もはっきりと覚えている。

あれは、面白い体験だった。

 

さて、在宅勤務にしてくれた夫と協力しての育児は、もちろん、とてもたすかりましたが、良いことばかりでなく、夫から滲み出る僕は手伝っているという意識が私を追い詰めるわけです。

いやはや。

 

重く暗いお話なので、次にします。

⑤に続きます。

ADHDの産後③ 夫婦の溝

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②の続きです。

産後、里帰りしなかったので夫と2人での育児だったのですが、それは想像していたよりずっとハードで、私は産後うつのような症状で眠れなくなり、眠れないことで更に症状は悪化、酷い焦燥感と息苦しさ、しかし自分がおかしくなっている自覚もなく、こんなんじゃ駄目だ、しっかりしなくちゃとどんどん自分を追い込んでいきました。

自分を追い込むの大好きなので。

 

夫は堪ったものではなかったの思います。

夏に出会い、秋に恋に落ち、冬に一緒に暮らし始め、すぐに妊娠して瞬く間に出産となった私と夫ですから、夫は私のダークサイドを全く知らなかったのです。

夫はそれまでにも、旅行を当日にドタキャンしたり、音信不通になったりと割とネガティブな面も私に見せてくれていて、私はその夫の不器用さも好ましく思って結婚したですが、夫は私のことをただただ、穏やかで、料理がうまくて、いやらしくて、かわいい(夫談)と思って結婚したので、産後の狂った私は受け入れがたかったのではないでしょうか。

彼は女性と付き合った経験もほとんどなく、友達も1人もおらず、人付き合いを避けて避けて35歳まで生きてきた人でした。

そんな夫に産後の私と真っ向から向き合い夫婦関係の問題を解決するスキルはありません。

他人とも自分とも向き合うのが嫌で、そういう煩わしさから逃げて逃げてきたのに、私となんか向き合う羽目になった夫。かわいそうな夫。

 

もちろん夫はそんなことは口に出しませんでした。捌け口をそっと見つけただけ。不満を口に出しても意味がないし意味のないことはしない人なので。

そして出来る範囲で向き合おうとしてくれた。

 

しかし私にはその夫の向き合い方では、全然足りなかった。

 

もっと向かい合いましょう。魂を殺し合いましょう。

それで駄目なら別れましょう。

産後、ずっと別れたいと思っていました。

夫は私が子供を産んだことで失ったものを変わらず持っていて、毎日子供が生まれからも変わらず仕事に行くので、一緒にいるのが辛かったのです。

夫は一緒に子育てするパートナーではなく、自分の無くしたものを持っているずるい人として私の目に写っていました。

どうして私ばかり、どうして私ばかり、2人の子供なのにと。

 

私はこんなにやっている。これだけ情報を集めて、インプットして実行している。

どうして正確に評価してくれないの?

成果を上げているのに評価されないの?

これからもずっと?

この生活はいつまで続くの?

私の今の状況の原因は何だと思う?

社会への不満を口にするのはいけないのと?

ねぇ、私どんどん男の人が憎くなる。

あなたのことも。

育児の責任って男女でこんなに違うものなの?

男の人は仕事をしてるから?仕事ってそんなに偉いの?お金を貰えるから?

私がしていることは、育児は無償だから価値がないの?

評価されないの?

私は何?

仕事なら私もできるのに。

ずっとしてきたし、評価されて成果もあげてきた。

私にしかできないことがあった。

ああ、もうできないのか、赤ちゃんがいるから。

1年後にできたのしても、時短、パート、全力ですることは難しい。

お金もたくさんは稼げない。

稼げない。

それってこれから先もずっとあなたより下にいるってこと?

信じられない。

信じられない。

 

夫に不満があるなら話し合おうと促されてくどくどと現状の不安と不満を話しました。

頭のどこかで、こんないことが言いたいんじゃないのに。

言っても意味がないのにと思ってましたが、止められませんでした。

ああ、どんどん自分が嫌になる。

 

夫は、「君は僕に養われるのが嫌なんだだろう。僕をバカだと思っているからバカに養われるのが嫌なんだろう」と言いました。

 

「そうじゃない。対等でいたいのに難しいのが苦しいの」と伝えると、「解決すべき問題を解決しよう。出来ることは全てするから」と言ってくれました。

 

そして仕事を調整して、週に3日在宅で仕事ができるようにしてくれました。

後になって会社員である夫がそんなことをすることの大変さに思い至りましたが、当時は私の育児に不満があるの?完璧にしているのに!と夫を完全に敵視してしまっていました。

 

そして在宅勤務で育児をする時間が増えた夫にこれまで集めた育児書や論文、WHOの情報などを読むようにと渡して、読み進みのが遅い夫に「信じられない。どうして必要な情報をインプットしないの?1日に3冊くらい余裕で読めるでしょう?私のことをバカにしてるの?」などと言って心底うんざりさせたのです。

言い訳をすると、私は本を読むのが割と早くて、必要な情報だけを頭に留めておくことが得意なのですが、私よりはるかに賢い夫なら1時間あれば余裕で3冊の本を読んで、内容を理解して重要なことだけしっかり頭に留めておけると思ったのです。

余裕でできることをしないなんて、育児を、育児に奔走している私をバカにしていると思い込み、夫に失望しました。

夫は私に呆れたでしょう。

 

じりじりと夫婦の溝が広がるのを感じて悲しいような、虚しいような気持ちでいました。

寝不足と疲労で極端に狭くなった視野にはもう夫の優しさが映らなくなっていました。

 

 

 

ADHDの産後②

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ずいぶん前にADHDの産後①という記事を書いたのですが、書いた後に産後の辛い記憶が蘇ってしまい、動悸息切れ不眠があったため、②を書くのを躊躇しておりましたが、今日はなんか暇なので書こうと思います。

実家に帰省しているので、息子は弟とその友達が遊んでくれています。

人手があると育児は羽が生えたように楽になりますね。

 

さて、ADHDの産後②。

以前は感覚過敏、睡眠障害というADHDの症状が産後に悪化してとても辛かったというお話を書きました。

 

特に辛かったのは睡眠障害です。

私は今はすっかり良くなって10時間くらいぐっすり眠れる毎日なのですが、前夫との離婚泥沼裁判があった10年程前から3年前までの7年間は不眠症の症状に苦しんでいました。

私の場合、寝つきは良いのですが、毎朝早朝に覚醒してしまい3時、4時から眠ることができないのです。

毎日寝不足で頭はぼんやり、体は怠い。仕事の生産性が低いことこの上ないのですが、眠れないのだから仕方ありません。

あ〜たっぷり眠ってすっきり起きたらどんなに気持ちいいだろう…電源スイッチが体に付いていたらいいのにな…そしたら起きる必要がない時間に起きないし、寝たい時にすぐ寝れるのに…

 

睡眠がコントロールできないのは思った以上に辛いことでした。

睡眠導入剤を処方されても寝入ることはできるのですから余り効果はありません。

そんな強固な睡眠障害が産後のホルモンの影響を受けてパワーアップ。

早朝覚醒どころか、常時覚醒。

目はらんらん、心臓はばくばく、頭の中はぐるぐるぐるぐる。

手足の先は冷えて痺れ、呂律は回らない。

そんな状態ですが、不眠症は以前からですし、赤ちゃんが低月齢の頃はみんな眠れなくて大変とネットとかにあるし、まあ大変だけど、こんなものなのかな?と思っていました。1日の睡眠時間が20分でも、過呼吸で息がうまくできなくても、赤ちゃんが泣くたびに叫びそうになりそれを抑えるために歯を食いしばっていたら奥歯が欠けても、今がいったい何日の何時なのか夜なのか朝なのか私はいったいここで何をしているのか頻繁にわからなくなっても、みんな大変なんだからと。

寝ないぐらいが普通だから。

みんな寝てないのに寝たいなんて贅沢。

寝ないのが普通なのに体調が悪くなるなんて情けない。

私は劣った母親だ。

みんなちゃんとしてるのに。

普通の人はちゃんとしてるのに。

息が苦しい。

目が霞んでよく見えない。

泣かないで。

泣かないで。

お願いだから泣かないで。

頭が割れそう。

ちゃんとしなきゃ。

ちゃんとしなきゃ。

育児書を読んで。

足りない知識が足りないもっと取り寄せて、もっと読んで。

発達心理学の専門書を取り寄せて。

乳児の発達に関する論文を医中誌で検索して。

童謡を300曲覚えたら、手遊びを100個覚えよう。

手遊びをすると笑うから。

笑うとかわいいと思えるから。

赤ちゃんはかわいいはずなんだから。

寝てる暇なんて無いんだから。

母親なんだから。

私がこの子の全てを担ってるんだから。

大事大事大事大事大事大事大事。

私はこの子が大事。

だから大丈夫なんだから。

 

毎日こんなことを考えていました。

多くの育児書は、一般的なものだと内容があやふやで読むほど不安になったので、看護科のある大学で司書をしていた経験から学術雑誌や専門書を取り寄せて読んでいました。

「赤ちゃんはお母さんの声を聴いて安心します」と書かれていても、いったいそれは何を根拠に言っているのか?典拠は?データは?おまえはいったい何が言いたいの?返事をしない乳児にいったい1日に何時間話しかけてれば、どんな結果がでるというのか?と育児書に向かってキレてました。

赤ちゃんとママの絆♡

愛情いっぱい楽しいお世話♡

などどうでもよくて、乳児の発達を科学的に、体系的に把握したかったのです。

夜も殆ど眠らずに、「眠れないにしても横になってたら?」という夫の忠告も聞かずに、血走った目で取り寄せた論文を読み漁る毎日。

マンションの窓から見える東京タワーの電気が消えると、ああ、今日もまた眠れない長い夜が始まるのだと悲しい気持ちになりました。

 

当たり前ですが、どんなに書物で知識をインプットしたところで、所詮、知識は知識、育児なんてイレギュラーの連続なのですから実践がなくては殆ど意味がありません。

だからいくら本を読んでも、論文を読んでも、どんどん不安になるばかり。

焦燥感が募るばかり。

 

夫が家を出る8時半から帰宅する19時までは赤ちゃんと2人きりの時間はとても長かった。

 

私の状態を見兼ねた夫が週3日自宅勤務すると言ってくれました。

その時は自分のことと赤ちゃんのことで精一杯で、夫がどんな思いで週3日自宅勤務をすることにしたのか全然考えませんでした。

夫はその時、大きな会社の部長でした。部下がたくさんいました。アルバイトで入った会社で能力を買われ若くして出世した人ですから仕事はとてもできるし、とても忙しいはずでした。

毎日深夜まで働いて、土日にも研修があるような会社で部長だけが毎日定時に帰るというこれまでだって十分無理をしていたのに、週3日も自宅勤務なんて。

そう、無理なんです。

私は眠れずに追い詰められてはいたものの育児は一人で完璧にこなしていました。

なんでそんなことしたの?

今となってはそう思います。

 

夫は別になんでもない風に明日から家で仕事するからと言って、私はああそうなのとぼんやり答えました。

なんでもない風に言われたから、なんでもないことなのだと思いました。

寝不足で判断能力がおかしくなっていたのと、育児狂いになった私は夫への関心がもう殆どなくなっていたので。

 

③は、そんな夫との深まる溝です。

 

実家の猫

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 引っ越し先の新しい保育園への入園が11月からなので、1週間ほど息子と共に実家に帰省することになりました。

実家の家族がハワイ旅行に行っている期間に合わせての帰省です。

 

父、母、妹、甥が旅行中の実家には、90歳の祖母、自衛官の弟、年寄りの猫がいます。

祖母は食事とお風呂に介助が必要だし、18歳の猫ももうヨロヨロで粗相をすることも多いのでその片付けなどもしなくてはいけないとのことで、私が呼び寄せられたわけです。

 

1年半ぶりの実家に帰り、まず猫を撫でました。

おじいちゃんになったね。

私ずっとここに居ないのに、まだ撫でるとゴロゴロいってくれるのすごくうれしい。ありがとう。

ここのお家に来た赤ちゃんの時と同じゴロゴロだね。きれいな茶色い毛も変わらないね。

名前を呼ぶと目を細めて微かにニャーと鳴きました。

この子はこの子は時間の流れの中で生きているだけ。その早さに怯んではいけない。老いを不幸だと決めつけるなんて愚かで幼稚なこと。

 

目やにで目が開ききらず、口の中がただれ、ヨダレが常時出ていたので、動物病院に行って薬をもらいました。

口が痛いらご飯もあまり食べられていなかったようで骨と皮の身体。

大丈夫大丈夫また元気になるよとその痩せた身体を撫でると、在りし日のたっぷりと肉の付いたこの子のことを思い出して鼻の奥がツンとしました。

毎年ハワイ旅行に行くお金はあっても猫を病院に連れて行くお金はない実家の人たち。

新しく飼ったトイプードルのトリミングには毎週行くのに。

それを不思議と思わない人たち。

だってもう年寄りだから仕方ない、病院代は高いし、どうせもう死ぬんだからと口に出して言うことに抵抗のない人たち。

私が払った動物病院代をしつこく聞き出し、金額と私の愚かさを、お前は頭がおかしいとあざ笑う人たち。

 

20年近く一緒に暮らしている家族なのではないの?

口の中がずっと痛いなんてとても辛いよ。

これからもっと子は何もできなくなる。

その時あなた達はこの子をどうするの?

聴きたいことは沢山あるけど、口には出せない。

これ以上絶望したくないから。

 

病院に相談して薬を多めに処方してもらいました。甘いシロップの薬。

猫の世話は母がしているのですが、私が帰った後も薬を飲ませるように弟に頼みました。

これで少しは楽になるといいけれど。

 

今も年寄りの猫は私の隣で寝ています。

田舎の静かなくらいくらい夜。

私はこの家が、家族が大嫌いで仕方がなった。この町も嫌いで仕方なかった。

何もない琵琶湖の湖畔の小さな町。

 

今見るととても美しい町。

窓を開けて夜の澄んだ空気を胸いっぱい吸い込む。

子どもの頃に嗅いだ秋の匂い。

時は残酷なほどにぐんぐん進んでいるようで、でもあるところではずっと止まっているようでもある。

時に翻弄されることはないよ。

猫が教えてくれる。

私もずいぶん歳をとったけど、それを悲しむべきじゃないよと。

猫も私も居なくなったこの場所で、やっぱり同じ秋の匂いがするのだろうから。

 

 

 

 

 

引っ越し前日の恐怖体験

先日、夫の自己破産により自宅が競売にかけられ、買主の不動産屋からの度重なる嫌がらせに堪え兼ね幼子を連れて住処を追われた私なのですが、引っ越しは無事完了してそれなりに元気にしております。

 

それにしても、引っ越し先も決まり、この日に鍵をお送りしますと連絡しておいたのにもかかわらず、引っ越し前日に自宅に押しかけ、朝からインターフォンを100回以上連打、玄関のドアをドンドンガチャガチャと体格のよいチンピラ紛いの男性にされる恐怖たるや。

だって引っ越しは決まっていて、翌日には物件の受け渡しは可能なわけです。

それなのに引っ越し前日に来て、今すぐ出ていけと前述したような行為をするのは、嫌がらせすることが目的なわけですから、悪意100パーセント。

 

インターフォンの音、ドアを叩く音、男の「出て来いや、こらあ!!出て来ないなら鍵屋呼んで開けるからな!!開けてお前のこと犯すぞ!!こら!!ここが誰のものかわかってんのか!!」

という怒声は30分は続いている。

恐怖、より明日引っ越すのに何故今?ということが意味不明で怖い。

恐怖感もあるが、その怒声が響く間も息子に朝食をさせ、着替えさせ、今お外には怖いおじさんが来ているけれど、絶対に中には入ってこれないから大丈夫だと安心させなくてはいけない。

ヨーグルトとバナナと小松菜とりんごのスムージーを先に食卓に出して、目玉焼きを焼き、コーンスープを作っていると「お母さん、ジュースこぼした〜」と言われる。その合間にもインターフォンの音、怒声。

目玉焼きが焦げる、コーンスープが煮詰まる。

「お母さん〜、おじさんうるさいよ〜、早く帰れって言ってよ〜、新しいジュースはあ〜?」

りんごと小松菜を切ってジューサーにかける。

ゴウンゴウンゴウンゴウンゴウン、ジューサーの音が響く。

「おら!!早く出て来いや!!」

「お母さーん!早くぅ!」

うるさいなあ。

一体全体何だっていうのだろう。

息子の相手で精一杯でチンピラの相手まで朝からできないよ。

嫌がらせなんて随分と暇なこと。

羨ましいよ。

 

息子の朝食ができたので警察を呼びました。

どうせ頼りにならないだろうけど。

とりあえずインターフォンは止むだろうから。

 

息子が朝食を食べ終えた頃に警察が到着しましたが、やはりなんの役にも立ちませんでした。

3人来た警察官は、先にチンピラ不動産屋の話を聞いて「この家はこの人のものだって言ってますよ!困ってるのはこの方ですからね。どうして勝手に住んでるんですか?」と。

所有権と占有権の違い、賃借契約を交わしていたのにもかかわらず急に出ていけと言われたこと、法律上12月末までは自宅に居る権利があること、強制執行の執行権は裁判所にのみ存在し、買主自らが賃借人を追い出す行為を自力救済と呼び、これは日本では違法行為に当たること。

これらの理由をなんとか警察の方に説明しようと試みましたが、「いや〜ちょっと法律の話はわからないですね〜奥さんさあ、そんなこと言ってるからこちらの旦那さん(なぜかチンピラ不動産屋を旦那さんと呼ぶ警察のゴリラ)も怒るんじゃないの?もっと、ケンカにならないように話し合わないと」だと。

話が通じない。

夫に電話をして、夫の口から説明してもらおうと電話を警察の方に渡しましたが、それを不動産屋が取り上げ切ってしましました。

不動産屋は私の携帯を高く持ち上げたまま

「今ね、警察の方とね、おたくの頭がおかしいって話してるから忙しいんですよ。この人達もね、みーんな迷惑してるんですよおたくに。みなさん、そうですよね、クレイジーなんだよこの女!普通警察呼ぶか?今、この人達にここで謝れよ!」

顔を真っ赤にして顔を極限まで私の顔に近づけて怒鳴るので唾がかかります。

「臭い」

と言って睨むと

肩を叩かれ、よろけ地面に尻餅をつきました。

警察は助けてなんてくれません。

ニヤついた顔で「まあまあまあ旦那さん」と。「奥さん、スカートの裾がめくれてますよ」と。

 

息子を家の中で待たせてある。そろそろ戻らないといけないのに。

全員、話が通じないゴリラだ。到底人間だと思えない。

警察官はこの国が法治国家だと知らないのだ。

こいつらはゴリラ。

話すべき相手じゃない。

話が通じない人間がいることは、実家で父母、妹と暮らしていた時に嫌というほど思い知ったはずなのに。

期待するな。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今日のことは全て音声を記録してありますので近日中に弁護士に相談します。その後改めてご連絡を差し上げますので、本日はお帰りください。そもそもここにいらした目的はなんでしょう。目的を伺って対応できるなら対応します」

いい終わる前に不動産屋は自宅の玄関を開けて中に突入して行きました。

息子がいるからと慌てて追いかけます。録画しながら。

不動産屋は2階のリビングで私の仕事机の上にある書類の束をバサバサと撒き散らしながら

「ここは俺のもんなんだよ!!このはな!!俺の家なんだ!!」と叫んでいます。

息子を3階に避難させて、2階で暴れている不動産屋の音声を録音。

しかし、明日には引っ越すと言ってるのになんなのかしら。

息子が「酔っ払いなの?」と尋ねるので「うん、そうなの。うるさくて嫌だね。もうすぐ出て行くからね」と答えました。

弁護士にメールで音声と録画した動画を送ります。

不動産屋がなぜか仕事の資料や郵便物を勝手に開封しているので、窓から「あの〜郵便物とか本を破いてますけど〜」と警察官に言いました。

警察官がやっと来て「旦那さん」を連れて行きました。

不動産屋は私宛の郵便物と私のワンピースを持って出ようとしたので、止められていました。

「みなさん、おかしいのはこの女なんです!勝手に住みやがって!出て行け!良くしてやろうと思ったのに、こんな女!こんな女!」

という醜い叫び声が徐々に遠くなる。

しばらくして警察官が名前、住所、職業などを聞きに来ました。

その時に警察官の名前を尋ねたら教えてくれたので、警視庁で機動隊の指導をしている従兄弟に警官の無能さがわかりやすく出ている音声ともに送りました。

困ったことがあったら何でも相談して〜とお盆に言っていたし。

不動産屋には翌日、弁護士さんが連絡を入れてくれました。

 

疲れた。

 

 

息子のこと

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息子はよく周りの大人たちから賢いと言われます。

みんながみんな息子が賢いと言います。

息子の発達障害を心配して受診した小児精神科医も、幼児教室の講師も、大学で発達心理学を教えているママ友も、保育園の先生も、ベビーシッターさんも、定期検診に行く歯医者さんも、よく行く中華料理屋の店員さんも、偶々バスで隣に座ったお婆さんも、通りすがりのおじさんも…

私もまあ少し賢いなとは思ってはいるけど、それは息子可愛さの親バカ目線によるものだし、まあ多少IQが高くても誤差の範囲、周りも九割五分はお世辞だろうと思っていました。

 

それでも今日のような出来事があると、この子はとても頭がいいのかもしれないと思います。

まあ親バカなのですが。

 

今日は秋晴れのいいお天気だったので、息子と大きな公園に遊びに行きました。

本当は引っ越しの準備をしなくてはいけないのですが、とてもいいお天気だったので、家でダンボールに囲まれ作業するなんてバカバカしくなったのです。

 

公園に行くと、息子は子どもと遊びたがります。

グループで遊んでいる子達の中には入り難いので、だいたいいつも1人で遊んでいる同じ歳くらいの子どもに話しかけてて気が合いそうなら一緒に遊びます。

今日も砂場で1人の男の子に声をかけて仲良くなり、1時間くらい一緒に遊んでいました。

子どもって初対面同士でも仲良く遊んですごいなあと思いながら、私はぼんやり息子をみていたら、息子と遊んでいる男の子のお母さんが私に「ありがとうございます。遊んでいただいて」

とご挨拶にいらっしゃっいました。

「いえいえ、うちの子が一緒に遊びたくてお声かけしたようです。お帰りの時間大丈夫ですか?」

夕暮れ時だったので、もしかしたらもう帰っちゃうのかなと思いながら尋ねました。

「それは大丈夫なんですけど、うちの子難聴でほとんど耳が聴こえないんですよ。だからお友達の声が拾えなくてごっこ遊びなんてできないんじゃないかな…」

息子と男の子は、戦いごっこをしているようでした。

とてもたのしそうにおどけて、走り回って、枝をふりまわして。

「大丈夫みたいですけど、息子の声が聴こえてないなら、戦いごっこは危ないかもしれないですね」

そこで「ちょっと〜息子〜来て〜お話〜」と息子を呼び寄せました。

息子は私に呼ばれて、笑顔で犬のようにこちらに駆けて来ます。

「なんだよぅ、今遊んでるよぅ」と不満を口にしながらも私に抱きつく甘えん坊の息子。

「あのさ、一緒に遊んでいる子、お耳があまりよく聴こえないんだって。だからさ、戦いごっこは危ないかもしれない」子どもと過ごす時間はいつだって安全第一。他の子に怪我をさせたらいけない。

「あ〜そのことね。大丈夫だよ。わかってやってるから。僕が話す時にお友達が僕のお口を見るからわかりやすく大きく口を動かしてたらいいんだよ。口を読むの。それでわかるの。わかんない時はね、機械がついてる方のお耳に大きな声で話したら聴こえるから。お母さんもやってみなよ」

口を読む。唇を読んで相手の話してることを理解してるって、なんでそんなことわかったんだろう。

「口を読むんだよってお友達が教えてくれたの?」

「何で?あのお友達ね、お話できないんだよ。そんなの一緒に遊んでたらわかるじゃん。口ばっかり見るしさ、あれ〜?っ顔するし。だいたいわかるんだよ。僕のお口を読んでくれるの。あーのお口、いーのお口違うでしょ?それで何を言ってるかわかるんだよ。それで僕はお友達の手とかお顔でイヤイヤしたりするのを見たらわかるし。だから戦いごっこ危なくないし!」

「そっか、わかるんだね。それで絶対危なくない?」

「絶対危なくない!だいたい本当に攻撃するはずないじゃん」

「わかったよ。遊んでる最中に呼んでごめんね」

「いいよ!」

そう言って、さっきのお友達がいる遊具の方に走って行きました。

 

この子はよく考える頭の良い優しい子だなと思いました。

息子が行きたいと言うので幼児教室に通ってはいますが、私は教育熱心な方ではなく、息子は4歳ですがひらがなとカタカナも書けません。数字も。

ひらがなと数字は読みはいつの間にかできるようになっていましたが。多分幼児教室で教わったのだと思います。

 

同じ幼児教室に通う頭のいい子だと言われ子どもなら、4歳でひらがな、カタカナ、アルファベットを書けるのは当たり前、ある程度は漢字も書けるし、時計も正確に読み、簡単な英会話もできる、お料理だってできる、そんな子はたくさんたくさんいます。

きっとみんな小学校受験をして賢い小学校に行き、賢い中学校に進学して、賢い高校に入って、賢い大学に行くのでしょうという子ども達。

その子達からしたらひらがなも書けない息子は、何もできないに等しい。

 

それでも、観察する力、考察する力、応用する力は素晴らしいと思いました。

親バカなので。

 

まあ、「なんであの子と一緒に遊びたかったの?」と尋ねたら「あのね〜ハッピーセットのパトレンジャーのロボット貸して欲しかったから!貸してくれたよ!僕ね、優しいお友達大好きなんだよ」とのことで、ハッピーセット目的で近づいたようなのですが。

 

以上、親バカのお話でした。