発達障害ちゃんと赤ちゃん

37歳無職。ADHD。同い年の夫(双極性障害)と2歳3か月の息子と世田谷区に暮らす。わりといつも離婚5秒前。

雑記 ADHDの私と恋愛

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今回は、私の最初の結婚について。

個人的なお話しなので、役立つ知識は含まれていません。

興味のない方は読み飛ばしてくださいね。



私は結婚を2度(事実婚を含むと3度)しているわけですが、29歳の時に結婚した最初の夫と出会ったのは19歳の時でした。

 

19歳の私は激烈に元夫を好きになりました。

彼は私の通う大学の教授だったのですが、私は彼に会うことために大学に通い、彼に褒められたいがために学業に励んでいたと言っても過言ではありません。

 

なぜ、26も歳上の男性をそんなに好きになったのか?

私は特に年上の男性が好きという訳ではありません。

愚かにも19歳当時は完全に運命だと思い込んでいましたが、今から思えば私がADHDゆえに元夫に惹かれた点も非常に多かったです。

 

19歳当時の私は劣等感の塊でした。

そして劣等感の塊であるにもかかわらず、元来の気の強さから自信のなさなどおくびにも出さずに強がり、歪んだ自意識で周りを馬鹿にしていまいた。

 

そんな私を落とすことなど、フランス帰りの生粋のプレイボーイである元夫には息をするより簡単なことだったのだと思います。

 

彼が私にしたことは、

私の劣等感の肯定。

私の才能の引き出し。

安心できる場所の提供。

女性としての自信と魅力の引き出し。

 

当時の私の一番のコンプレックスは「女らしさへの嫌悪感」でした。

女らしさなんて漠然とした上に、バカバカしい概念ですが、

「黙って座っていればいいのに」「思っていたのと違う」「もっと女らしくしないとモテないよ」「天然だよね」「女のくせに気が強い」「女なんだからメイクくらいしなよ」「料理できなさそう」

など、心の底から大きなお世話なことを他人から言われて、うんざりしていました。


また、いつも群れをなして行動し、高い声で騒ぎ、恋愛に一生懸命なかわいらしい同じ年頃の女の子がとても苦手でした。

 

一般的にADHD 者は女らしくないといわれています。

世間で女らしいとされている、細やかな気配り、丁寧な所作、部屋を小綺麗に整えること、これらのことが特性により、多くのADHD者は苦手なのです。


ADHD者が得意なこと、それは、激しさ、勢い、目にも留まらぬ行動力、閃き。

世間一般の女らしさの対極にあるのがADHDの特質なのです。


しかし当時の私は自分がADHDだということを知りません。

だから、自分のガサツさ、気配りのできなさは他人に対して思いやりを持てるないがゆえなのだ、私は性格が悪いんだと思っていました。


そんな私を丸ごと受け入れてくれ、専門的な知識を惜しみなく教えてくれ、実家の居心地が悪かった私にマンションを買ってくれた先生。

今から思えば彼にとって私は成功者としてのトロフィーワイフ、ペットのようなものでした。

でも、彼から与えられたものによって自分に自信が持てたのも事実です。


膨大な専門的知識、学術的な考察の仕方、戦略的な研究の進め方。

悪意のある他人のかわし方、ヨーロッパで有色人種としてバカにされた時の対応、人脈の作り方、美しい食べ方、飲み方、自分に似合う服装、美術品の見方、オペラ、お能の楽しみ方。

もっとあらゆるもの。

私の今持っている価値観は彼によって作られたようなものです。


私は当時、もし自分がADHDだと診断されていたら、もし自分の特性を自覚していたら、元夫に惹かれたり、結婚することはなかったと思います。


劣等感からの恋愛は、私が研究者として評価されだして自分に自信が持てるようになると自然と終了しました。

元夫に初めて出会ってからちょうど10年目の冬でした。


今でもたまにテレビに出ているのを観たりしますが、感情はピクリとも動きません。

不思議なものです。


ちゃんちゃん。