発達障害ちゃんと赤ちゃん

37歳無職。ADHD。同い年の夫(双極性障害)と2歳3か月の息子と世田谷区に暮らす。わりといつも離婚5秒前。

雑記 夫のなかの孤独な子ども

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もう終わりにしてもいいのかもしれない。

夫を捨てましょうか。

彼がそれを望むなら。

アスペルガー症候群双極性障害の夫。

多額の借金がある夫。

私と息子から逃げる夫。

 

私は意地になっているだけなのかもしれない。

共依存なのかもしれない。

 

私だって逃げた方が楽ですから、こんなことをもう1兆回くらい考えています。

じゃあ、どうして早く手を切らないのか。

愛ゆえなのか。

 

私は自分がかわいい人間です。

他人の犠牲になる人生なんてまっぴら。

他人を踏み台に甘い汁だけ吸っていたい。

 

では、なぜ、夫と一蓮托生を選ぶのか?

 

 

夫と離れようとすると思い出すことがあります。

私は夫にプロポーズされて同居をして子どもができても結婚を渋っていました。

ひどい話ですが、夫の弱さ、不器用さが共に子どもを育てるのに適任ではないと判断して関係を切ろうとしていたのです。

私は離婚歴が過去に2度もあることからもわかるように、男性との関係をあっさりと切ることに何の抵抗もありませんでした。

いらないものは捨てる。

ただそれだけです。

この冷たい判断には、私が発達障害であることが関係しているのかもしれません。

子どもを産むまでの私には、破滅願望というか、どこかいつも自暴自棄なところがありました。

 

二人で暮らすには彼の弱さはかわいいし愛おしいが、子どもが出来たなら1人がいいと思い、夫のプロポーズを断り、夫にはもう一緒に暮らせないよと話しました。

いつも向こう見ずで激しい私の行動力は、男の人と別れるときは大抵消息不明という手段を取ります。

そして弁護士を挟んで別れる。

どうかしてますね。

私はきっと男性が嫌いなのです。

そして頭がおかしい。

 

夫に別れを告げた時、彼は号泣しました。

あんな風に叫ぶように泣く人を私は初めて見ました。

 

僕はずっと一人だった。ずっと他人から逃げてきた。

他人と上手く関われないんだ。全部に自信がないんだ。怖いんだ。

そんな僕がいくら逃げても怖がっても君は大丈夫だよ、怖くないよと言って一緒にいてくれた。

 初めて心を開いた人なんだ。

お願いだから行かないで。

もう一人になりたくない。

 

子どものような泣き声と、その懇願に驚きました。

それまで私は、夫はとてもプライドの高い、合理的で、冷徹な人だと思っていたので、この人の内面はこんなにも脆く幼いのかと。

ああ、結婚しよう、ずっと一緒にいようと思いました。

守ろうと。

不思議とすんなりそう思ったのです。

強い意志をもってこの人を愛そうと。

 

そんな風に決意を固めた私ですが、その後、ADHDの持ち前の衝動性と行動力、及び産後うつの激情にまかせて夫に離婚を申し出たことは、数え切れません。

本当に申し訳ない話なのですが。

でも、夫があんな風に泣いたのはあの時だけです。

 

夫は何よりも傷つくのを恐れる人です。

怖がりで臆病で、ほとんど本音を言いません。

こうあるべき自分と本来の自分がひどく乖離しているようにみえます。

双極性障害の発症は、彼の魂というか本来の心が悲鳴を上げている証拠なのかもしれないと思います。

 

アスペルガーの夫の冷徹、共感性のなさ、心の通じなさ、とにかく面倒から逃げるというその弱さ。

その奥にあるもの。

その深い暗闇に眠る孤独な子どもを私は愛してしまった。

だから結婚したのでしょう。

 

彼の頭の良さ、端正な顔、高収入、高学歴、そんなものはアスペルガーの特性である共感性のなさの前では塵も同然。

夫といるということは、夫と子どもを育てるということは、数多ある喜びも、悲しみも、苦労も、悲しみも、歯を食いしばるような忍耐も全て私だけのものなのです。

一緒にいても共感してもらえない。

一緒にいてもいないみたい。

孤独は人の心をじわじわと殺します。

 

でも私は夫といることを選んでいる。

それは彼の内にいる孤独な子どもが、私の内にもいるからに他らなないのだと思います。

 

ADHDによる生きづらさ、普通にできないことの劣等感、親に否定される悲しさ、これらが、大人になって社会的に成功して、まったくもって自分に満足していますという風に生活していても、私の内面には目一杯詰まっています。

 

私は、彼の内にいるかわいそうな孤独な子どもを肯定し、愛し、癒すことで、自分の内にいる孤独な子どもの存在を肯定して、愛してあげたいのだと思います。

 

私は自分を愛するために夫といることを選んでいる。

でもこれはこれで、夫を愛していると言えるのかもしれません。

 

だから何があっても守る。

貧乏になっても、無職になっても、病気になっても大丈夫。