発達障害ちゃんと赤ちゃん

37歳無職。ADHD。同い年の夫(双極性障害)と2歳3か月の息子と世田谷区に暮らす。わりといつも離婚5秒前。

発達障害と二次障害

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私はADHD。夫はアスペルガー症候群

私たちは発達障害同士の夫婦なのですが、夫がアスペルガー症候群の二次障害として双極性障害を発症しているのに対して、私はこれまで二次障害を何も発症したことがありません。

私と夫では何が違うのでしょうか。

それまでの生活を壊してしまう可能性のある発達障害の二次障害ですから、発症にないに越したことはありません。

発症しないためにはどうすればいいのでしょうか。

今回は、発達障害と二次障害について書いてみたいと思います。

 

二次障害の原因

 

発達障害者は二次障害を発症しやすく、全体の6割から8割がなんらかの二次障害を発症しているとの研究データがあります。

 

発達障害者が二次障害を発症する原因は主に3つあります。

 

1.環境要因

発達障害だと診断されず、適切な治療や療育を受けなかった結果、うまく普通のことがこなせない→学校や家庭で低い評価を受け続ける→自己評価、自尊心が下がるということがおこり、環境からのストレスによって二次障害を発症しやすくなります。

 

2.脳の機能障害

近年の発達障害研究で、発達障害者の脳の一部がうまく機能していないことが証明されています。特に前頭葉尾状核大脳辺縁系などの機能障害が報告されているのですが、これらの部位は、うつ病や不安障害と密接なかかわりがあると分かっています。

 

3.遺伝的要因

例えば、発達障害者が発症しやすいうつ病うつ病を発症している発達障害者を調べると、うつ病の遺伝的要因が大きいことが疫病調査で明らかになっています。

 

では、発達障害者はどのような二次障害を発症しやすいのでしょうか。

代表的なものをあげたいと思います。

 

発達障害の二次障害

気分障害うつ病

双極性障害

③不安障害

 ・強迫性障害

 ・社会不安障害

 ・パニック障害

 ・心的外傷後ストレス障害

 ・全般性不安障害

④依存症・嗜好行動

 ・コカイン依存

 ・覚せい剤依存

 ・アルコール依存

 ・マリファナ依存

 ・過食症

 ・ギャンブル依存

 ・セックス依存

⑤行為障害(非行)・反社会的行動(犯罪)

⑥パラフィリア(異常性愛)

人格障害

 ・反社会性人格障害

 ・境界性人格障害

 ・自己愛性人格障害

⑧チック症・トゥレット症候群

学習障害

 

ひどい。

こんなありとあらゆる精神疾患と依存症を発症するリスクが高いなんて。

発達障害ってだけでなんでこんな目に合わなきゃいけないのか、私たちが何をしたというのか、と悲しくなります。

実際、夫は双極性障害で社会的地位も家族(私)からの信頼も失くし、持っていた有り余る富もバカみたいな株取引で全てなくなり、後は自己破産と一家離散するくらいしか選択肢がないくらいです。

 

双極性障害を発症する半年前までは、美しい妻(私)とかわいい息子、大きな企業での取締役という立場、東京タワーの見えるマンションを手にしていたのに。

今辛うじて残るのは、私と息子。

そして夫は家族さえ手放そうとしています。

たった半年で何もかもを失くしてしまう病気があるなんて知りませんでした。

 

夫と比較して発達障害の度合いが強い(検査の結果では私は典型的なADHDですが、夫はグレーに近いアスペルガー症候群でした)私が何の二次障害も発症していないのに、どうして夫が双極性障害になってしまったのでしょう。

 

子どもの頃に受けた無条件の愛情

 

思い当たることと言えば、私は幼少期、両親との関係は良いものではありませんでしたが、祖父母に非常にかわいがられて暮らしていました。

溺愛されていたというわけではなく、悪いことは悪いと叱られ、良いことはうんと褒められ、一緒にたくさんの時間を過ごしました。

二人とは、いろんな話をして、いろんなところに一緒に行きました。

母に行くことを禁止されていたケンタッキーでおじいちゃんと食べたチキン。

土曜日のお昼におばあちゃんが作ってくれた焼きそば。

今でもその時の味が口に蘇ります。

 

おじいちゃんと本屋さんでお互いのおすすめの本をすすめあったり。

3人で思い立って大量のおでんをつくってお鍋から溢れり、食べ過ぎてお腹を壊して怒られたり。

高校をサボってお寿司を食べに行ったり。

初めて食べるカウンターのお寿司とその時のおじいちゃんとおばあちゃんのうれしそうな顔。

本を読みなさい、社会と歴史に興味を持ちなさい、自分で考えることを大切にしなさい、親から自由でありなさい。そう伝えてくれたこと。

たぶん私は無条件に愛されていたんだと思います。

そして私も祖父母を心から信頼して大好きだった。

きっと私は今もこの無条件に大切にされていた事実に支えられて生きているのだと思います。

 

対する夫は、両親との関係が幼少期からよくありませんでした。

お父さんは単身赴任で海外にいた期間が長く、お母さんは病気がちでいつも不機嫌だったそうです。

そして母さんは夫を高学歴にすることにとても熱心で、それは夫にとって重荷でしたが、厳しい母親が怖くて逆らえなかったと。

勉強さえしていれば機嫌のいい母親と教育熱心は母親に呆れ家庭から離れてく父親が彼にとっての両親でした。

 

お母さんの望む都内屈指の進学校に入学したももの、お母さんを怖いと思う気持ちが強くなった夫は、毎日、母親の作るお弁当を捨てていたと言っていました。

体調が悪い母親が4時半に起きて、有名進学校に通う息子のためのお弁当とつくる!という意地だけ作られてたお弁当。

作っている姿は鬼気迫るものだったといいます。

そして高校二年生の時にお母さんが亡くなっても悲しいという感情はなかった、解放されたと思ったと。

解放された17歳の彼は家出をしますが、父親はそれを止めずに金銭的な援助だけをしたそうです。そしてその時すでに父親には恋人がいた。

夫はその17歳からずっと一人で生きてきた、コミュニケーションが苦手で誰とも深くかかわらなかったと言っています。

実際、私と出会うまでは引きこもりのような生活を何年も送っていました。

夫の孤独。

それは病を発症するに十分だったのだと思います。