発達障害ちゃんと赤ちゃん

37歳無職。ADHD。同い年の夫(双極性障害)と2歳3か月の息子と世田谷区に暮らす。わりといつも離婚5秒前。

母はモンスター

f:id:unohitomi:20171012155921j:plain


今日は私の親についてのお話をしようと思います。

 

 

私の母は人当たりがいい。

私の友人も実家にくる宅配業者も夫も母のことを優しい人だと言う。

若いころは美しかったであろう整った顔立ちをしている。

 

でも彼女はモンスターだ。

私にとっては、母は狂った価値観で生きるモンスター。

でもそれはなかなか解ってもらえない。

母は人当たりがいいから。

 

私と妹は物心ついた頃から母に殴る蹴るの暴力を受けてきました。

私は祖父母に溺愛されていたため、ほとんど手を上げられたことはないが、私の3つ下の妹は4、5歳の頃から髪を掴まれ引きずりまわされる、庭石に叩きつけられる、動かなくなるまで罵声を浴びせながら蹴り続かられるが日常であった。

私に対しては、体罰後を祖父母に見つかることを恐れたのか、間接的な嫌がらせと心理攻撃を主にしていた。

例えば、とにかく必要なものを隠す。

小学生の頃大切にしていたお気に入りのノート、臭い付きの消しゴム、お友達に貰った手紙、交換日記、失くしたと思っていたいたこれらが、18歳で引っ越しをする時にごっそりと母の鏡台から出てきた時は驚いた。

「あなたが大切なものだからお母さんに預けたんでしょ?」と母は言うが思春期の子供が交換日記や手紙を母に預けるわけない。

特に私は母を一切信頼してなかったのだから、預けるわけない。

必死に探した記憶も、母に知らないかと尋ねた記憶もある。

しかし母は悪びれずに「そんなに大事なものなら自分でちゃんと管理しておけばいいのに。お母さんが妹や弟に取られてお前が泣かないように隠しておいてあげたのに、ねぇ、お父さん、またこの子が嫌なことを言い出した。あーあ、人の気持ちがわからない子って嫌われるよ」、父は「そんな昔のことでお母さんを責めるな。お前はいつもそうだ。もっと心を広くもて」と。

常にこんな感じなのです。

実家では母から感じる『私は悪くない!私が正しい!私がかわいそう!』という強い圧で息ができないほどでした。

 

母は突然不機嫌になって、私や妹を無視したり、ドアを乱暴に閉めたり、家を飛び出したりすることがよくあったのですが、それは決まって、私たちが楽しそうにしている時でした。

例えば、家族旅行中や年末年始に従妹たちと遊んでいる時、いつもよりはしゃいでいると突然それが来るのです。

 

私が中学生の頃でしょうか。

親戚一同が集まる中でうつむいて泣き出したかと思うと、突然、「こんなものおおお!!!!」と雄たけびを上げて目の前にある出来立てのすき焼きの鉄鍋をひっくり返す。

なんとかなだめて(なだめるのはいつも私の役目でした)理由を聞きだすと私がすき焼きよりも他のものが好きだと祖母に言っていたから゛私のためにひっくり返してやった”と言います。オイオイと泣きながら。

私にはそんなことを言った記憶はありません。

なんだかよくわからなくて、ぼんやりしていると、

「わがまま言って、お母さんを困らすなよ」と父が言います。

「まあまあ、はるまきちゃんは若いからもっとおしゃれなものがいいんだよね。すき焼きなんて嫌だよね」と親戚のおじさんがいいます。

「おばあちゃんとおじいちゃんははるまきちゃんに甘いからねぇ」と親戚のおばさんがいいます。

誰も化粧が崩れてどろどろの母の方は見ません。

「しかたない。どこか外に食べに行こう。お前はそれがいいんだろう」と父が言いました。「その前にお母さんに謝りなさい」と。

母はその言葉で泣き止みました。

そして「私は大丈夫だから」と涙を拭きました。

どろどろの顔で、巨体を揺らして、パツンパツンの服で。

その醜悪さたるや。

 

ああ、癌に侵された祖父が入院中、祖母が病院に付き添っている今を狙ってやってるなこいつ。

私がおいしそうに肉を食うのがそんなに気に障ったか、ゴミ豚が。

でもそんなこと言っても無駄です。

私は無言で自室に駆け上がり、「女の子は難しいからね」「反抗期ですよ」という親類たちの声に吐き気を覚えながら本の世界に逃げ込みました。

本の世界まではモンスターは追ってこれないですから。

 

母を憎む自分を醜いと思いました。

私は幼いから母が憎いのだろうか。

これは父や母が言うように反抗期なのだろうか。

 

いつもいつもキレた後の母はとても満足気で、すっきりしており、彼女にとってキレは一種の娯楽であり、ガス抜きのためにかなり意図的にしているのではないかと思います。

そしてすっきりした顔で私に何度も謝ります。「こんなお母さんでごめんね。嫌いにならないでね」と。その猫なで声には毎回鳥肌が立ちました。

好きとか嫌いとか人間に対する感情はあなたにないんだよ、厄介、面倒、それだけなんだよ。

そう思いました。

一度、高音の猫なで声に辟易して「よくそんな声出せるね」と母に言ったことがありますが、母は「そんなこと言うなんて性格が悪い証拠。なさけない子」と取り合いませんでした。

 

その自分は完全なる善、批判する者は悪という一貫した姿勢のモンスターには何も通じない。

何も通じない人と暮らす疲弊は人の心を殺します。

 

怖いのは、そんな死んだ心では健全な人間関係を築けずに、ずっとずっと、心を殺され続ける人間関係が続くことになることです。

出会う人、出会う人、自分の心を殺してくる。

だから、どこかで自分は心を殺されていい人間ではないって気が付かないといけなくて、それはとても大変なことで、ああ、しなくていい苦労を私ばっかりなんでだよ!って、もうこんな人生疲れたよって、なりそうになりながらなんとか這い上がって、つまり、これから先も泥水飲みまくり人生なんだろうけど、強くありたいってことです。

勢いだけで走り抜けろ。