発達障害ちゃんと赤ちゃん

39歳。ADHD診断済み。3歳の息子と猫2匹と暮らす。同い年の夫と別居中。

発達障害者が住みやすい街

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いつもブログを読んで下さりありがとうございます。

書いた端から内容を忘れてしまうので、同じことを何度も書いている可能性もあるのですが、これからもお付き合いいただけるとうれしいです。

 

年が明けました。

夫の自己破産に伴い自宅が競売にかけられる予定なのですが、その一環として今日は、裁判所から執行官の方が自宅に来ました。

とうとうこの家は他人のものになるのだなあと感慨深いです。

執行官はざっと各部屋を見て回り、写真を撮って、猫を可愛がって帰っていきました。

 

そろそろ引っ越しにについて本格的に考えなくてはいけないのですが、発達障害者が住みやすい土地ってあるのかな?とふと思いました。

 

私に限って言えば、実家のある地方と東京では断然東京が住みやすいです。

地方と言っても色々ありますが、私の地元である滋賀は関西文化圏なので、他人を面白おかしくからかう、所謂いじりの文化があります。

少し変わったところがある、他人とずれている、空気が読めない、そんな発達障害者はこのいじりの格好のターゲットなのです。

小中学生の頃はよく「天然」「うけ狙ってる」「不思議ちゃん」そんな言葉で行動をからかわれました。

他人が話している時にぼんやりしていること、忘れ物が多いこと、発言が唐突であること、周りに合わせると言う気持ちがないこと、マイペースなこと、今思えばADHDの特性はよく笑われ、ボケてる人、からかってもいい人みたいな感じになっていました。

私はそれが嫌で仕方ありませんでした。

もちろん、その場では嫌な顔はしませんし、もうそういう立ち位置で開き直ってコミュニケーションを取るのですが、ずっと「おもちゃじゃねぇんだよくそが。何様だよ」と思ってました。

高校生になると大して親しくない人からからかわれないようなキャラクターを確立して難を逃れましたが、私にとってADHDの特性をいじられるのは不快でしかありませんでした。

 

そして周囲には悪気がないのに傷つくなんて、私は被害妄想が酷いのかもしれない、私はおかしいのかもしれないと考え自己嫌悪を募らせていました。

ADHDの診断を受けていなかった当時は、自分の特性について無知でしたし、今よりもずっとその特性がコンプレックスだったのです。

また田舎の10代は基本的に排他的で多様性の対極にある存在ですから、普通のみんなと違う自分がより際立っていたのだと思います。

 

東京は家賃も高いし、人も多いし、物価は高いけれど、いろんな人が居るから気持ちが楽です。

ただ、東京という街は、区によってずいぶん感じが違うので一概には言えないのですが。

 

例えば、私は今世田谷区に住んでいるのですが、ここがあまり住みやすいと感じません。

世田谷区と言えば、全国的にも住みやすい街として知られている治安のよい子育て世代の多い街なのにどうしてでしょうか。

今住んでいるのは駒沢や二子玉川の近く、そこそこ裕福な子育て世代がたくさん暮らしている土地です。

しかし私には息苦しい。

なんだか、似たような家族ばかりがたくさん暮らしていて、似たようなクオリティのマンションや建売住宅がわんさかあって、気持ち悪いのです。

幼稚園のお迎え時間には、制服のようにモンクレールのダウンジャケットを着たお母さんたちが、同じような電動自転車に乗って街にあふれます。

以前住んでいた目黒区にも子育て世代はたくさんいましたが、幼稚園のお迎えにはフェラーリで横付けするお母さんもいれば、徒歩だったり、部屋着みたいな服装のお母さんもいたし、めちゃくちゃ若くてきれいで派手なお母さんも、お迎えに毛皮でくるお母さんもいて、様々でした。

やはりいろんな人がそれぞれのペースで暮らしている土地がいいなと思う次第です。

世田谷区は健常者が多いイメージ。

ADHDが住みやすい街を自宅が差し押さえられる前に探すつもりです。