子どものいる生活

息子のこと、夫のこと、私の生活のあれこれ。順風満帆。

梅雨の散歩 夫への感情

f:id:unohitomi:20200629151119j:image

 

「ハート!」

そういって息子が私と夫の手をくっつけてハートの形らしきものを作った。

公園へ向かう途中で、私達は、息子を真ん中にして3人で手を繋いで歩いていた。

「ハート!」

もう一度、息子が私と夫の手をくっつける。

うれしそうに笑って。

私も笑う。

夫も薄く笑う。

夫の手は骨張っていて冷たい。思い思われていた頃は寸暇を惜しんで繋いでいた手。

その時と変わらない手に今は何も思わない。それをさみしいとも思わない。愛をなくしたさみしい中年女の強がりではなく。

夫の手は骨張っていて冷たくて心地よく安心そのものみたいに感じる。この手は私にもう幸福も不幸も与えないし、私の幸福も不幸も私だけのものだと教えてくれる。それは堪らなく安心なことだ。

 

梅雨の濃い湿度に鮮やかな木々の緑が滲む広い公園の中を3人で手を繋いで歩いてゆく。

繋いだ手をぶんぶん振りながらどんどん歩く。

息子の笑い声が耳に心地いい。

 

不意に「お母さんは僕を生んでなかったらどうやって生きてたの?」

息子が私に尋ねた。

「わからない」

「わからないけど、今より楽しくなかったと思う」

もしかしたら今より楽しかったかもしれない。でも今より楽しい生活は想像できない。

色のない絵には、色のある絵には、それぞれ良さがあるだろう。それぞれの美しさがあるだろう。でも私にはもう色のない絵の美しさがわからなくなっていた。

息子との鮮やかすぎる極彩色の日々を愛していた。

そういうこと。

「ふふふ、だろうね」と息子は納得したようだった。

私はこの子がとても好き。

愛おしくてたまらない。

なんだってできる。

この子の幸福以外の全てはとるにたりないと思える。


それなのに、空を見上げると空いっぱいに感情が広がるのを感じる。

曇った空、今にも降り出しそうな黒い雲。

梅雨が明けると、また夏が来る。

夏は夫が狂った季節で、夫と離れ離れになった季節だ。

私は夏にまつはる不幸な感情を忘れたふりをしてこれまで過ごして来た。

そろそろ忘れたふりを止めようか。やめてみようか。

ねぇ、そうしようか?

夫に目を向けると、よく知った顔がこちらを見返す。困ったような顔。

どうして困るの?

どうしてあなたは私から逃げるの?

私が怖いの?

私は見ている空いつぱいに広がる感情をどう縮めることも出来ない。

 

でも、はっきりした感情であなたを考へたくはない。

自由でいたいから。

幸福も不幸もあなたから与えられるのは真平だから。

私はただ3人で手を繋いで歩いていたい。

もう愛したくも憎みたくもない。

空いっぱいに広がった感情を凧の糸を手繰るようにするすると自分の元に引き寄せる。

そう、それでいい。

 

池が見える。

あそこで魚を獲りましょう。

3人で笑い合いながら。

なんの問題もない幸福な家族がそうするように。

上手にたくさん獲りましょう。

雨が降る前に。

妹からのお願い

f:id:unohitomi:20200611233424j:image

 

ひしひしと不安が胸中に満ちるのがわかる。私は電気を消して、そして、窓を閉め、暗闇の中で目を開き不安に身を委ねる。

湿度の高いもったりと重い空気の中では息が苦しく、吸っても吸っても酸素が肺に行き渡らないように感じる。そんなはずないのに。

浅く早い呼吸音が気を急かす。早くなんとかしなくちゃ。早く答えを出さなくちゃ。

息子の顔が見たいのに、寝室に行き眠る子を見ることが許されない甘えた行為に思える。

私だけそんな美しいものを見て気を確かに保つなんて「ずるい」ことのように思える。

 

妹となら間違いなくずるいと言うだろう。妹は私に事あるごとに「ずるい」というから。

ほんの小さな子どものころからもうすぐ40になろうという今でも「お姉ちゃんばっかりずるい」と吐き捨てるように言う妹。その妹の子どもが重い病気だという信じがたい知らせが昨日あったのだ。

妹は電話口で泣き、叫び、やはり「お姉ちゃんばっかりずるい」と言い、最終的にはいつもそうするように私を罵倒し「息子くんを私に頂戴。お姉ちゃんに子どもを育てるのは無理。〇〇ちゃん(自分のことを名前で呼ぶ)が育てた方が息子くん幸せになる。手放さないのはお姉ちゃんの自己中。息子くんを大事にしてない証拠」などと支離滅裂なことをさも理路整然としてるかのごとく自信満々に語った。

 

そして、次の日、信じられないことに妹が自宅に来た。自動車で6時間もかけて来たと言い、呆然としてる私に妹は「疲れたからマッサージをして」とどさりと巨体を横たえた。

目眩がした。

その姿は、ひどく醜くかった。

短いスカートから伸びた手入れのされてない脚、剥げたペディキュア、脱色を重ねて傷んだ髪、顔の化粧だけが丁重に施され妙に立体感があった。

「お姉ちゃん、息子くんの将来のために昨日の話、よく考えてよ。でもまああんたの意固地は知ってるし、息子くん、とりあえずちょっとだけ貸してくれる?さみしいから。□□(甥の名前)も寂しがってるし、話し相手に貸して。お願い。妹が寂しがってたら普通お姉ちゃんなら協力するよな?あんたそのくらいできないと人間関係やっていけないと思うよ。家族だから忠告してあげるけど」

「無理。貸せない。息子には息子の生活があるし、物じゃないんだから貸すとか無理」

「へぇあんた□□が死んでもいいの」

床に寝そべりながら首を上げ、ソファに座る私のことをギロリと睨みつける。

嫌い、拒み、距離を置いても縁は切れない虚しさ。

拒み切れない。

私は妹が怖い。得体が知れないから、言葉が通じないから。

「お姉ちゃん、ここ家賃いくら?」

何も言わない私に妹が尋ねる。

答えたくない。

返答しないでいると、勝手に冷蔵庫を開けて

「お茶ぐらいだせよ。女のくせに」

と言いながら冷蔵庫からコーラを出して喉を鳴らして飲んだ。

明日、訪ねてくる別に暮らす夫のために息子が買ったコーラなのに。

妹が私と息子の家にいることが我慢できなくなって、

「もう帰って。息子は貸さない」と叫んだ。

妹は「キチガイ」といつものようにいい、声を上げて笑った。

「お姉ちゃん、□□が嫌いなんだ。死んでもいいんだ。帰ったら□□にそう教えるわ」

「いつまでふざけてるの?」

今度は私が妹を睨みつける。

「きっも!キチガイ!あ〜イライラする。あんたといるといっつもイライラするわ。気分悪い。とりあえず、あさってまでに貸すか貸さないか返事して?あさってまで待ってあげるわ。ねぇ我儘じゃないからね?勘違いしてるかもしれないけど□□のためだからね?日本語わかる?」

そう言って妹は出て行った。

私は無論、息子を妹に貸す気は少しもない。

しかし病床の甥が息子に会いたいといっているなら叶えてあげたい。

でも妹には関わりたくない。

妹のことを思い出すとまた呼吸が浅くなる。

窓の外が明るい。大丈夫、ここは東京だから大丈夫。誰も私に「姉妹仲良く」と言わない。

大丈夫。

だから早く答えをだそう。

息子と私の生活が1番大事だという答えを。

早く。

早く。

プール掃除

f:id:unohitomi:20200601233224j:image

ザッシュ

ザッシュ

ザッシュ

苔の生えたプールの底をデッキブラシで勢いよく擦ると苔は面白いほどよくとれて、鮮やかな水色の底が見えた。

保育園の休園中にプール掃除をしないかと息子のお友達のお母さんに誘われた時は正直気乗りしなかったけれど、初夏の日差しの中でプール底を擦るのは爽快だった。

「いいお天気だから日に焼けるね」

私を誘ってくれた人が強い日差しに目を細めて言う。

「でも気持ちいい」

「うん、楽しいよね」

お互いツバの広い帽子を被り、マスクをしているので目しか見えないのだけど、2人とも目は笑っている。

濃いマスカラと目尻のシワ。この人は優しい目の色をしているなと思う。

ザッシュ

ザッシュ

水に浸かっている足が冷たくて気持ちがいい。

ペディキュアの赤が水の中で鮮やかさを増して生き物じみて見える。

ザッシュ

ザッシュ

プールの水に浸かったそれぞれの女の足の形、爪の色、全員が母親であること、それぞれに子どもがいること、それぞれの人生があることが幸福なのかグロテスクなのか強い日差しの下ではなんだかよくわからなくなる。

水面がキラキラ光っていてきれい。

女たちは、母親たちは、小鳥のようにピチピチと喋り笑っている。

たわいもない話。

今日の夕飯の

配偶者の

子どもの

親の

別れた配偶者の

仕事の

自分の話。

ここの人たちは皆明るくてさっぱりした性質で引っ越してきた当初はそれまでいた土地との違いに驚いた。

集まっても人の噂話をしないし、配偶者の職業も家賃も探られない。そんなことがあるなんて。

髪を茶色に染めた歳の若いパートタイマーのお母さん、シングルの生活保護を受けているいつも同じ服のお母さん、子どもの髪を茶色染めている大きなエンジン音の車に乗っているお母さん、夜のお店で働いている言葉遣いが乱暴なお母さん、彼女達を無自覚に見下していたことに気が付き恥じた。

彼女達の美しさ、無邪気、明朗、優しさ。

彼女達の姿勢の悪さ、歩き方のだらしなさ、毛先の傷んだ髪、要領の悪い話し方、子どもを叱る大きな声に眉をしかめ、私はこの人達と違うと思っていた愚かで傲慢な自分を思い出すと馬鹿みたいだと思う。

本当に愚かだったと。

彼女達は間違いなく美しいのに。

話してみればそんなことは明らかなのに。

 

前の保育園の母親達も確かに美しかった。

よく知った雑誌のモデルや舞台女優はもちろん、アクセサリー作家や大学教授、料理教室経営もハッとするほど整った顔をしていた。

皆一様に気が強く貪欲で気の優しい収入の多い配偶者がいた。

勝ち抜いてきた女達だった。自分の努力と持って生まれた幸運で勝ち抜いてきた自信に満ち溢れた女達。当たり前のように存在する恋人、薬、整形、脂肪吸引、業界の裏話、人脈、掌返し、落ちていった人に向ける冷ややかな目。

それが彼女達の良さだったし、私は嫌いではなかったけれど、疲れてしまった。

それに夫が精神科に入院したら、彼女たちは私に話しかけなくなったし。

これまで挨拶程度しか交わしたことのない彼女達の配偶者がいつでもなんでも相談にのるよとLINEのIDの書いた紙を下駄箱に入れておいてくれたことを、食事をご馳走してくれたことをご丁寧にお知らせして引っ越した後は何の交流もない。

今も美しく貪欲に人生を楽しんでるのだろう。

この日差しの下で。

「プールかなりきれいになったね。今日、誘って良かった。前からもっと話したいって思ってて、話せてよかった」

私を誘ってくれた人がにっこり笑って言った。

襟口の伸びたボーダーのTシャツでも彼女はとてきれい。

「コロナが収まったら子ども達も一緒にどこかに行こうか」

そう提案すると

「うん!四つ葉のクローバーがいっぱい生えてる場所があるの。この前5つも見つけたんだよ。そこに一緒に行こう」

と彼女は言った。

四つ葉のクローバー。最高。

ピンクの色水

f:id:unohitomi:20200517011213j:image

 

いい母親になりたい。

優しい母親になりたい。

息子と仲良く暮らしたい。

話をよく聴いてあげる母親でいたい。

イライラしない母親でいたい。

意地悪な声なんて出さない母親でいたい。

まして怒鳴るなんてとんでもない。

そう思っていた。

そう思っていたのに。

 

保育園が休園になってからもう1ヶ月以上仕事をしながら息子と一緒に自宅で過ごしている。

何回「ちょっと待ってね」と言っただろう。

待たせたくない。

ワクワクした顔で私に見せてくるレゴを工作をお絵かきを笑顔で受け止めたい。

それがたとえ2分に1回でも。

「お母さん今お仕事してるからお話できないって言ったよね?」

イライラした声に息子の笑顔が萎む。

ああやってしまった。

私は野原で可憐で美しい花を踏みつけた気持ちになる。

花は無残に散り、私の足の裏には花びらがこびりつく。その花はもうどこにもない。どこにも。

着信があり出ると上司が要領を得ない話をする。話が長い。無駄が多い。お前の時間は無限か。

適当に相槌を打ちながら息子に目を向けると、画用紙いっぱいに自分と私の絵を描いている。

私が喜ぶと思って描いているんだと思うとたまらない。

あなたは誰にも媚びるべきじゃない。

私の機嫌をあなたは取るべきじゃない。

そんなことやめて。

そう言いたい。

でもそんなことさせてるのは私だ。

私の態度が息子に媚びることを覚えさせてる。私にとって都合の良い、聞き分けの良い、扱いやすいかわいい坊やになってほしいと思ったことなんてないのに。

ごめんね。

 

電話を切ってから息子と一緒にお絵かきをした。息子はたくさん笑った。仕事はこの子が寝てからすればいいやと思った。

めでたしめでたし?

でもそんなにうまくはいかない。

 

就寝時間になっても眠らない息子が「ピンクの色水を作って凍らせたい」と言い出した。

「ピンクのお水が凍ったらどんな色になるのか見たい」と。

好奇心。

教育者達がこぞって大切に育てるべきだと唱える子どもの好奇心。

これまで読んだ数多の育児書の好奇心についての記述がフラッシュバックする。

岩波新書の『幼児期』とか『学びとは何か』とか。

ネットで読んださかなクンのお母様の教育法とか。

小児科の待合室で読んだプレジデントベイビーの東大生の母親が幼児期にやった教育特集とか。

23時。

重い体を引き摺り絵具とバケツを用意して、私は息子とキッチンでピンクの色水を作った。

青いバケツに水彩絵の具で色付けたピンクいろの水がタプンタプン揺れている。息子は「発明だ」とはしゃいでる。

かわいいなと思う。

かわいいなと思ったのに、思えていたのにピンクの色水を持って冷凍庫に入れようとした息子が色水をあらかた溢してしまった。

息子のパジャマも冷凍庫の中もフローリングの床もピンクの色水でびしょびしょ。

「ちょっと、何してるの!どうしてしっかり持たないの!はしゃいでふざけてるからこぼすんでしょ?いい加減にしてよ!」

ああ、まただ。また私は。また私は。花を踏みつけた醜い足で。

いい母親になりたい。

優しい母親になりたい。

息子と仲良く暮らしたい。

話をよく聴いてあげる母親でいたい。

イライラしない母親でいたい。

意地悪な声なんて出さない母親でいたい。

まして怒鳴るなんてとんでもない。

「ごめんなさい…」

息子の目は涙でいっぱい。

「お母さんも大きな声でごめん。ごめんね。優しくできなくて。ごめんね。もう寝て来てくれる?」

コクリと頷くと息子は寝室に行った。

しょんぼりした背中がかなしいけど、イライラもまだある。

イライラしながらも、わざと溢したわけじゃないのに、私だってミスはするのに、こんなに叱るなんて私は悪だと思うと泣けてきた。

泣きながらもイライラしていた。

もう毎日疲れているから、これからまた仕事をしなくちゃいけないから、こんな自分が嫌だから。

ピンクの色水を拭きながらびしょびしょに泣いた。

そして朝方まで仕事して、もう疲労で頭がグラグラして喉が張り付くけど、最後の力を振り絞ってピンクの色水を作って冷凍庫に入れた。

朝起きた息子が喜ぶようにというより、これ以上自分を嫌わないために。

朝日がリビングを照らし、疲れた頭でピンクの色水を作っているとタプンと揺れるそれは夢のように美しく見えた。

「きれい」

と口に出して言ってみた。

次の日から高熱が1週間続きあまりにフラフラで冷凍庫を開けることが出来なかったので、ピンクの色水はまだ冷凍庫の中にある。

息子はピンクの色水のことなんてすっかり忘れているみたいだけど、明日一緒にみてみようかな。

夜のお話

f:id:unohitomi:20200511010851j:image

 

5歳の息子は夜寝る前に私にお話をしてもらうのが大好き。

お話というのは、私が即興でつくる童話で、ファンタジーだったり、ミステリーだったり、たまにホラーだったりもする。

息子は毎晩「今日もお話をして!」と私にねだる。

毎日のこととなると、何も思い浮かばない日もあり「今日は何も思い浮かばないからお話はお休みね」と断る日もある。

しかし息子は私がお話をしないことを許さない「僕はお話が大好きなお話病になっちゃったんだよ。お話をきかないと眠れないよ」と言い、本当に深夜まで眠らない。

寝ない息子に深夜までお話、お話、お話、お話といわれるのはたまったものではないので、なんとかお話を捻り出す。

 

 

「夜の小学校に行ったことはありますか?夜の小学校にはかわいいかわいい生徒がおります」

「何?お化け?リス?」

「その生徒はネズミでございます」

「ネズミかあ」

「こネズミたちはマンホールの蓋を開けて夜の街へと出てくると皆小学校に集まるのです。静かな夜の小学校の校舎にチューチューという可愛らしい鳴き声が響きます。こネズミ達はきちんと机につき、教科書を開いています」

「ネズミがお勉強するの?」

「そう。いろんなことが知りたいからね。そこに現れたのは髪もお髭も真っ白のサンタクロースみたいなお爺さん。彼がこネズミ達の先生なのです」

「人間の先生なんだね」

「そう人間なの。先生はこネズミ達に言いました。みなさん、こんばんは。ネズミの学校へようこそ!さて、最初におやつをあげよう。ほらこの金平糖を見てごらん。おいしそうだろう。今から配るからカリコリかじって召し上がれ」

「やばいやつじゃない?」

「そう。やばいやつ。こネズミ達は初めて見る金平糖に目をキラキラさせて、小さなピンク色の手でそおっと持つと恐る恐る口に入れました。カリ…ひと口かじったその時です」

「あ〜」

「あ〜だね。でも大丈夫。きっとね。金平糖を食べたこネズミは1匹残らず…眠ってしまいました」

「死んでなくてよかった〜」

「ね。すやすや眠るこネズミ達、そのこネズミ達に白ひげの先生は…あ、そこに現れたのは息子くんです!」

「僕?」

「そう」

こんな風にお話には大抵息子が登場する。

息子は白ひげの先生の正体を暴き、こネズミ達を助け、感謝され、ネズミ達にお勉強を教え、ネズミの国に招かれ、学校を建設し、金銀財宝を贈られ、石像を建てられ、朝には自宅に戻って私の隣で眠っているというストーリー。

私は息子の冒険を何も知らない。

息子は私の知らないところで活躍し、日常に帰ってくる。少し成長して。

お話を終えると息子が「あ〜面白かった!」と満足そうにいって私のお腹の上に乗りました。

頭を撫でて「さあもう寝よう」と促します。

自分の声があまりに母親然としていて、なんだか台詞を喋っているみたいに思えます。

架空の物型を話すのことと母親として振る舞うこのはどこか似ている。

遠くにきたなと思う。

あんなにひとりぼっちだったのに。

望んでここにきた。

それに帰る場所もわからない遠い場所を私は気に入っている。

母親としての私。

私の子ども。

明日はどんなお話をしましょうか。

 

怪獣になりたい

f:id:unohitomi:20200507135625j:image

 

早起きした息子と公園の原っぱを散歩しているとごおと風が吹いた。

遮るものが何もない大きな公園の人もまばらな原っぱで感じる風は、どんなに強くても、どんなに髪をボサボサにしても気持ちいい。

私の履いている長い緑色のスカートが勢いよくはためく。

広がったスカートを見て、息子が「お母さんお姫様みたい」という。

私を喜ばそうと、くたびれたおばさんを「お姫様」なんていう子の気持ちがうれしくて「ありがとう」とお礼をいった。

「本物のお姫様になりたい?」

風に吹かれながら息子が私に問う。

「いいえ」

子どもの頃からお姫様になりたいと思ったこたは一度もない。

童話のお姫様にもディズニーのお姫様にもどこかの王国のお姫様にも憧れたことのない子どもだった。

皆、美しく着飾りながらもあれこれと大変そうで、めんどくさがりやの私はそんなのはとてもじゃないけど嫌だと思っていた。

三年寝太郎に心底憧れた。

「じゃあ、何になりたいの?魔女?妖精?怪獣?」

「怪獣!」

風の音に負けまいと声をあげて答えた。

怪獣がいい。

大きくて強くて乱暴で傍若無人な怪獣になりたい。

「怪獣?どうして?」

ぷくぷくの頬に長い睫毛、寝癖のついた柔らかい癖っ毛のかわいらしい坊やが不思議そうにきく。

あなたを守るために。

あなたに降りかかる全ての悪意から全ての災害から全ての不幸からあなたを守りたいから。

完璧な強さで。

醜さで。

手に負えない乱暴さで。

誰もが恐れる恐ろしさで。

でも守るためになんて言わない。

私のことなんて気にせず生きてほしいから。

「怪獣は強いから」

「強いから?お母さんは今も強いじゃん。怪獣より強いし怪獣より怖いよ」

「そうなの?」

「うん。お父さんも怖いって言ってた」

「そうなの?」

「うん。だからこれ以上強くならなくていいよ。お姫様になったほうがいいよ。絶対」

「ふふふ。守りたいものがあると強くなるし怖くなるんだよ」

「守りたいものって僕とお父さん?」

「そう」

「お母さんは、僕とお父さんのことが大好きなんだね」

「うん!」

風が強い。

ごおごおごおごおごお

息子が手を伸ばし私の手を握る。

ごおごおごおごおごお

2人で歩く原っぱははつ夏の匂い。

私は何があってもどんな不幸からもあなたたちを守るよという気持ちでどんどこ歩く。

湿った息子の小さな手。

今日はいいお天気。