発達障害ちゃんと赤ちゃん

ADHDのこと、夫のこと、息子のこと、実家のこと。

夫との話

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あわわわ…あわあわあわわわわ…

「息子がお父さんお父さんとあなたを恋しがっている。一緒に暮らしたいと言っている」と言ったら、夫が、夫が、「ふたりで落ち着いて話そう」と。

ふたりで…ふたりで…

ふたりで…?

別居して2年半、一度も夫婦ふたりだけで会ったことないのに。

何?

何?

もしかして、離婚したいとか?だから息子の希望は叶えられませんとか?

付き合ってる人がいるから息子と私とは距離が置きたいとか?

どうしよう…悪いことばかり考えてしまう…

あ、あ、あ、あ、

離婚とかより、何か病気が見つかったとか?

また仕事が辞めたい、というか辞めたから無収入だよとか?

あわわわわわわ…

どうしよう…

 

まさか、また一緒に住もうとか?

働いているベンチャー企業の業績がガンガンに上がり恵比寿に自社ビル立てたからもう一生お金持ちだよとか?

はるまきの欲しがっていた港区の12億のマンション買ったよ、家族で住も?とか?

え、何?全然わからない。

 

私は、他人の気持ちが全然わからないから、普段の夫の態度から、私が嫌われてるのかウザがられてるのか、死ねと思われてるのか、好意があるのか、1ミリもわからないし、 自分の人生の先が見通せない。

 

ここまで感情のままに書き殴って、少しわかった。

私は、何をそんなに怖がっているのか。

私は、夫を失いたくない。

嫌われたくない。

彼の人生から排除されたくない。

だから怖くて苦しい。

なぜそんな風に思うのか理由はわからない。

執着なのか。

愛情なのか。

依存なのか。

 

死んだ弟のことを思って泣く夜、声を殺して、クッションに顔をぎゅーっと押し当てて泣いて、空が白んでくる頃に泣き腫らして、クッションから顔を上げる時、いつも、なぜか夫を思う。夫が生きていてよかったと思う。体温のある身体を、指先を思い出して、生きてると思う。私は夫が好きなのだろう。

 

あー、話しするの怖いな。人の気持ち、人の心は思い通りにならない。

他人は変えられない。

当たり前なのに、それが苦しい。

同じ方向を向いていた人が、いつのまにか違う方向を向いているなんて、ままあることなのに。

お前はもういらないよと言われるのがこわい。

仄暗い洞窟の中で誰にも会わずに暮らしたい。いらないといわれないために。もうこれ以上傷つかないために。

夫と話しをするの怖い。

 

ギフテッド

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息子はどちらかといえば言葉の発達の早い子どもで、生後7カ月の頃には、かわいらしい喃語と共にいくつかの意味のある単語を話していた。

バス

葉っぱ

ばっば(バナナのこと)

抱っこ紐に息子を入れてお散歩してると、バスが通るたびに「ばす」と言う。

私が植木を指差して「葉っぱだね」というと「はっぱ」と言う。

かわいい赤ちゃん、お話が好きなのねと共通の言葉を話せることが、言語でコミュニケーションが取れることがうれしかった。

 

その頃、そろそろ保育園に入れたいなと思い、いくつかの保育園の見学に行った。その中の一つの園で息子は「ギフテッド」だと言われ、簡単な知能テストを受けないかと勧められた。

 

少し前から小学校受験を考えて幼児教室に行ったりしているのだけど、幼児教室で息子が講師に褒められても私は全然嬉しくなくて、それは講師が息子を息子としてじゃなくて、教室の合格率を上げる可能性がある優秀な人材として評価しているからで、いやいや受験のための教室なんだから仕方なくない?とも思うのだけだ、そんなくだらない、矮小な評価軸で息子の何がわかるというのか?と思ってしまうわけで、講師が教えたドリルとかパズルとか、そんなものがよくできて褒められるのって、芸を仕込まれた猿が芸を披露して拍手をもらうのと何が違うのだろうかなんて考えたりしていて、その「ギフテッド」と息子の発語の早さを褒めた保育園を思い出した。

 

 

小規模で綺麗な園、淡い色調でまとめられたインテリア、木のおもちゃ、壁に貼られたアルファベット。

芸能人の御子息や外国人の子どもが多く通うことを誇らしげに話す園長。

園長の爪は艶やかなネイルとキラキラのストーンでデコレーションされている。

流暢な英語を話す保育士たちの真っ白なエプロン。

子ども達は、ハイハイしたり、所在なさげにぼんやりしたり、泣いたりしている。

誰もはっきりしすぎる笑顔で英語の歌を歌う保育士の方は見ていない。

歌が始まると同時にそれまで遊んでいたおもちゃが全部片付けられたので、何人かの赤ちゃんは火がついたように泣いている。

赤ちゃんの泣き声と明るすぎる英語の歌声と園長の話す米国でのギフテッド教育の話が全部混ざる。

息子は初めての環境への警戒、それに大きな音が苦手なので、身を固くしている。

 

私は最近、知能が高いことを良しとする価値観に疑問を持つようになった。

 

知性は世界を救う。知性こそ人類の最期の砦。

そう思っている。

そう思っているけど、知能の高さを賞賛するのは違うと思う。

東大生の母100人にきいた幼少期にやっていた習慣!とかね。

東大ってそんなに良いもの?ってなる。

東大に行ったけど、不幸になった人を片手に余るほど知っている。

体を壊したり、心を病んだり、家族を捨てたり、命を絶ったり。

 

知能なんて、生まれつきで、背が高い人がいろば低い人がいるように、知能が低い人も必然的にいるわけで、私もその1人なんだけれど、知能の高さをもてはやす風潮に触れると、自分が無価値な人間に思えて悲しくなる。

このまま、幼い頃から知能の高いことが至上とされる価値観の中におかれた息子は、自分をどう思うようになるだろう。

もし学業につまずいた時、受験に失敗した時、どう思うだろうか。

絶望しないだろうか。

「ギフテッド」が白々しく響いたあと日のことを覚えておこうと思った。

私はどんな価値観からも自由で、ありのままのあなたを愛していると伝えようと思った。

夜中の電話

息子が寝付いた後に、寒気がしたからインスタントのコーンスープを飲んだら、不意に心が紐解いてしまった。

ああ、やってしまった。これはもう泣くか叫ぶかだ。泣くか叫ぶか。泣くか叫ぶかして満タンになった何かを逃してあげないと狂ってしまうから。

床に散らばる息子のおもちゃが目の前にぐんと迫ってくる。その存在感は北方ルネサンスの絵画みたい。北方ルネサンスの絵画が写実以上の写実だとされるなら、私の目の前に迫るのは、現実以上の現実。

ものが部屋が現実が迫ってくる。

目を逸らしていた現実が。

ああ、そんなのに向き合ったら狂ってしまうから、急げ、急げ、急げ、急げ、はりーあっぷ、Hurry up、ハリーアップ、頭がぐわんぐわんするよ。

ねぇどうしよう。

あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、

電話だ。

友達だ。

普通に話した。

仕事の愚痴を聴いて、最近見た映画の話を聴いて、爪が長い彼女のために毎朝コンタクトレンズを入れてあげている話を聴いて、大きな水槽を買った話を聴いて、「○○くん、残念だったね」と言ってくれたのを聴いた。

友達は実家の近くに住む幼馴染なので、弟を知ってる。

「頭がぐわんぐわんする」

と言うと

「熱を計れ」

と言われて計ったら、発熱していた。

「熱ある」

と言うと

「寝なよ」

と言われた。

「うん」と答えた声は掠れていた。

電話は切れた。

もう床に散らばったおもちゃは目の前に迫ってこない。

切り抜けた。

ぎりぎりだったけど切り抜けた。

安心して泣いた。

私はまだ安心できる。

急いで何をしようとしてたの?

どこにも逃げ場はないのに。

でも弟を知ってる人にその死を悼んでもらえるとね、少し大丈夫になる。

弟は悼まれてる。

皆の記憶にある。

その事実は、私の心を救ってくれる。

床のおもちゃを片付けて、洗い物をして、息子の寝顔を見てから、眠りについた。

到底乗り越えられない死に向き合うこと。これからも続く。

 

 

モラハラとの暮らし③ 終焉

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②の続きです。

長いです。

 

両親、主に父からの強い要望により私はモラハラ男と同居することになりました。

 

父は言いました。

いつものように応接間の椅子に踏ん反り返って。

「お前はバツイチ出戻りのキズモノ。その自覚を待てよ。しかも三十路の年増や。年増のキズモノでもいいなんて優しい男の人を嫌がるなんて、どこまで根性悪いんや?もう病気やでここまでくると。自分がわからん病気や。自分がわからんキチガイに優しい人が結婚したいゆうてくれてるんやで。お父さんは、お前のためを思うてゆうてるんや。なあ、わかってくれよ。お前の為や。それともお前、キチガイ病院に入院するか?」

私「しません」

父「じゃあ、結婚しろ。わがままいうなよ。それにしてもお前は、次から次へ稼ぎのええ旦那見つけてきて、ほんまもんの結婚詐欺師やな」

私「…死んで」

父「そのおかしい頭も新しい旦那に治してもらえ。ほら、手出せ!握手や!結婚おめでとう!」

父は私の手を無理矢理握ると、骨が軋むほど力を込めて、痛さに顔をしかめる私に

「素直に痛いからやめてくださいとも言えんか?なあ?」

と更に力を込めて握ります。

父は50代後半でしたが、毎日のようにジムに通い、現役でトライアスロンを完走するほどの人でしたから力ありました。

私は別にやめてほしいとは思いませんでした。

好きにしたらいい。指が折れたなら折れたでいい。汚いから終わったらよく洗おうと思っていました。

何も言わない私に父は

「目付きが悪い。反抗的な目をするな。もっと素直になれ。M(モラハラ男)さんと結婚しろ。治してもらえ」

と言いました。

父と言う「素直」という言葉は「滅私従順」という意味です。

父はその場でモラハラ男に電話をして私が結婚に了承したことを伝え、これまでの私の無礼を詫び、両家の顔合わせの日程を決め、顔合わせの日に私が着る着物を仕立てるから、何色がいいかを尋ねました。

モラハラ男は「ピンク」と答えたようでした。「女の子らしいピンク」と。

 

翌日には着物屋が採寸に来て、翌週にはモラハラ男は代官山のマンションを購入し、翌月になり着物が仕立て上がると両家の顔合わせ食事会が行われました。

穏やかな食事会でした。

喋っているのはモラハラ男と私の父ばかり。

こういう場で女性が喋っるのは、はしたないことだと父から躾られたからではなく、私には話したいことが何もありませんでした。

細々とした懐石料理は美しく美味しかったし、さて、どうやってこいつらから逃げようかと、どこか楽しいような気持ちでもありました。

食事会の後、両親の計らいでモラハラ男とホテルに泊まりました。

モラハラ男はEDで、私はさらに楽しい気持ちになりました。

早寝の男の汚いイビキを聞きながら美しい金色のシャンパンをごくごく飲んで、あ〜、早くこいつをどうにかして、今度は好きな男と来たいよ〜と夜景を見ながら思いました。

 

男には結婚記念日は2人が初めて出会った日がいいからと適当に言って入籍を延ばし、早く逃げなくちゃと思いながらも代官山の私は一度も中を見たことのない新築のマンションに引っ越して、同居が始まりました。

引っ越して驚いたのですが、マンションは狭い1LDKでした。

これから家庭を持とうと買った新築のマンションが1LDKなの?狭くないか?

男は、だって夫婦は常に一緒にいたいものだから、僕のことちゃんと見ていてほしいしと。

一緒に暮らし始めて、僕のことちゃんと見てほしいの意味がわかりました。

男は、基本、何をしてほしいと言いません。

もちろん、私は言われないから、何もしない。

それじゃあダメだったのです。

例えば、リビングで男がテレビを観ながらウトウトする。

私はテレビを消す。

これだけじゃダメなのです。

男が言うには、そういう場合、テレビを消す、寝ているのだから眩しいだろうと部屋の照明を落とす、ブランケットを体にかけ、しばらくしたら寝室に行くよう促す。ここまでして当たり前だと。

だから、私がテレビを消して、別室に行こうとすると男は突然叫びました。

「眩しいよ!電気!電気だよ!言わなきゃ消してくれないの?寝てるんだよ?眩しいって言われなくてもわかるでしょ?こんなのいじめだよ!」

はあ?

起きてるじゃん。

めちゃくちゃ喋ってるじゃん。

きめぇなこいつ。

と思いますが、口には出しません。言葉が通じない人とは会話できませんので。

 

一事が万事この調子だから、狂いそうになります。

夕飯を作る。

男が指定した通りに毎日3品作る。

寝室で携帯をいじっている男を呼びに行く。

来ない。

20分経っても来ないからもう一度呼びに行く。

「あのね〜僕は忙しいんだよ。物事にはキリがいい時っていうのがあってね。君にはわからないかもしれないけど」など臭い息とアホな持論をブツブツ吐き出しながらやっと来る。

後で、わかったことだけど、終始携帯をいじっているのは、出会い系、風俗店の出勤情報、嬢のブログチェックのため。

そして5分でがつがつ食べて、食べ終わると食卓で寝る。

口からはよだれ。

 

朝起きると、私の服装を見て「気になってたんだけど、なんでミニスカートはかないの?」

「男を喜ばすことを知らなすぎるから。今度、服を買ってあげよう」

と。

喜ばせたくない。

私は私の着たい服を着る権利がある。

と言っても不思議そうにしてる。

「権利なんていうと怖い女だと思われて男にモテないよ」と。

モテたくないというのがわからないらしい。

女は男に性的に見られることに価値がある、男から性的に認められることを女は望んでいると思い込んでいて、否定すると「世間知らず」と笑われた。

笑顔がとても醜かったことを今でも覚えています。

他人を馬鹿にする人の引き攣った笑い。

こんなに醜いものがあるのかと鳥肌が立ちました。

テカった鼻の頭、皺々の口元、セックスとか自慰し過ぎの人独特の弛んで濁った肌、冬なのに体にぴったり張り付いたTシャツ、短パンの滑稽な姿。

 

ひとしきり説教で気持ちよくなるとセックスをしようとしてくる。立たないのに。ウケる。

恋愛工学本と女医が教える本当に気持ちいいセックスを愛読していると言っていたが、成る程、本は所詮本、何をされてもくすぐったいか痛いばかりでセックスとは呼べない、下手な整体師の練習台になったような虚無の時間が過ぎます。

私の服を脱がすこともしない。できないのか。

キスも口をぶつけるばかりで痛い。

逃げ出す手立てにと古い携帯やPCのデータを洗ったところ玄人の女性に入れ込んで、かなり通い詰めていたようだが、玄人の女性はお客様には何も教えてくれないものなのか。

でもまあ会話してるより、暗闇でくすぐったさに耐えてる時間の方がましでした。

 

そんな生活に転機が訪れました。

AKBの誰かしらが可愛いとテレビを観ながら言う男に私が適当に相槌を打ったのが気に入らなかったらしく、AKBの女の子達の努力、みんなから愛されていること、彼女達の生み出す素晴らしい芸術について顔を真っ赤にして延々と語りました。早口で。

そしてどうしても共感できない私に苛立ち私の腕を掴んで洗面所に連れて行くと「自分の顔をよく見ろ!○○(誰か忘れたけれどAKBの誰かの名前)より可愛いか?もっと笑え!○○みたいに笑え!見習え!」と言って私の顔を鏡にぶつけました。

割れる鏡。

切れるおでこ。

吹き出る血しぶき。

 

AKBが原因で血しぶきか、意味わからんなと思いながら、血が止まらないので警察に電話をかけました。

警察が救急車を呼んでくれて、病院へ。

警察が来て男に「電話番号は?」と尋ねているのに男は自分の電話番号さえ答えられず、ずっと「もう僕の人生おしまいだ」とぶつぶつ言っていました。

こんなことでおしまいなわけないだろうが腑抜けが。

反省して心を入れ替えて遠い国井戸でも掘りに行きやがれクソが。

 

警察には、彼のPCの中にある大量のおぞましい児童ポルノ画像、動画の存在を教えてあげました。

「信じていたのに裏切られた」と後から弁護士を通して届いた手紙に書いてありました。

本物の馬鹿だなと思いました。

 

おしまい

 

 

救いのない話

書こうかどうか迷ったのだけど、最近、つい最近、息子の顔にホクロができたんです。

目を凝らさないと見えないような小さな小さなホクロです。息子の顔に初めてできたホクロです。

 

私は、「こんなところにホクロがあるねかわいいね」と言いました。

息子は、嬉しそうに「鏡で見てくる!」と言って、走って洗面室に行きました。

息子が戻って来て「お母さん?どうしたの?」

と言います。

どうもしないのに。

でも(どうしたの?)と息子に問おうとしても声が上手くでなくて、手に力が入りません。

頰には涙。

胃がすーすーする。

 

息子のホクロは彼の小さな桜貝色の唇のすぐ近くありました。

そこは、3月に自死した弟のホクロがあった場所でした。

 

「○○はおしやべりやし、口の近くにホクロがある!」

「大きいお姉ちゃんは泣き虫やし、目の近くにある!」

30年以上前にまだ幼い、今の息子の同じくらいの年の弟と交わした言葉が不意に蘇りました。

その時のおどけた笑顔も、愛らしいぷくぷくのほっぺも、来ていたオーバーオール、実家の匂いも、蛍光灯の眩しさも全部が。

 

そう、弟は、お喋りな子どもでした。よく喋り、よく笑う、ひょうきんな、優しい子どもでした。

 

もういない。

そう思うとたまらない気持ちになり、私の様子を心配そうに見る息子に掠れ声で「ごめんね。大丈夫だからね」とやっと言うと、わんわん泣きました。

ホクロ一つでこんな風に思い出して泣くくらいなら、どうして弟が生きている間にもっと気にかけてあげなかったんだろう。

どうして!どうして!どうして!私は!どうして、クソなんだよ!私が死ねばいい!私が!私が!私が!

声にならない叫びです。

弟が死んだ後何度となく繰り返してきた意味のない、役立たずの自己憐憫

 

実家の父を嫌い、家族とほぼ絶縁状態にあった弟が家族の中で唯一連絡をとっていたのは私だったのに。

私だったのに。

自衛官だった弟は航海に出ていても電波が届く限りは私からの電話に出てくれました。

仕事中でも。

今から思えば何か助けて欲しかったのかとも思えます。船の上での生活はそこでの人間関係は随分辛かったようだから。

私は人の心にとても鈍い。

他人の気持ちがいつもわからない。

言葉以外に何も感じ取れないのです。

ADHDの特質もあるのだと思います。

そんな自分の特質が憎いです。

 

船から降りて自衛隊を除隊してから弟は少し変わりました。

喋ることも笑うことも少なくなりました。

それでもまたいつもの弟に戻るだろうと思っていました。

私は鈍い上にクソ馬鹿だから。

 

弟は実家に帰って、少しゆっくりしたいと仕事を辞めてアルバイトをしながら学校に通っていました。

でもだんだんと横になっている時間が長くなり、学校に行く以外は横になっているようになりました。

背中が痛い、腕が痺れると言っていたようです。

横になってばかりの弟に、弟より3上の妹が「私の子どもに悪影響になるから、ごろごろせずに働け!」「大学院なんて贅沢なもの辞めろ!」「私は働いて育児もしてるのに毎日毎日昼に起きてダラダラしてるお前がいると気分が悪い!」「就職して早く出て行け!」と言いました。弟の就職が決まるまで毎日のように。

私にも妹から「子どもに悪影響だから弟に就職して実家を出ていくように説得して」と連絡が何度がありました。

妹は実家に住みながら食費も家賃も払わずに甥の育児は母に任せっきりなので、本来なら弟に偉そうなことを言える立場ではありません。

私も「父は実家を弟に相続させるつもりなのだから、不満があるなら自分が出て行けば?」と返信しました。

「生活レベルが下がるのは子どもがかわいそう。子どものことを1番に考えられないキチガイ。お前の子どもがかわいそう」と連絡があったので、無視していたのですが。

でも実家の家族は昔から妹の癇癪には逆らえないのです。

叫び、物を投げ、子どもに悪影響だとかわいい孫を人柱にされては、両親も「そろそろ働いたら?あなたが働けば丸く収るのだから」となりました。

そして、弟は学校を辞めて就職しました。

就職はあっという間でした。

私が実家に帰った時に「仕事決まったから」と言われてとても驚いたことを覚えています。

そして1週間で就職した弟は、そのまた1週間後に引っ越して、その2ヶ月後に死にました。自分で。

 

口元にホクロがあるお喋りな弟。

私が殺したという気持ちがずっとある。救われたくない。

ずっと私が殺したと思い続けて苦しんでいるべきだ私は。死ぬまで。笑いながら生活していても。苦しんでいるべきなの。それしか方法がないから。死なないで生きる方法が。

 

めちゃくちゃ暗い話になってしまった。フィクションですと言いたいけれど、少しフィクションを入れた実話です。

未消化の苦しみを抱きながらも息子をお風呂に入れて歌を歌い、笑い合い、息子のホクロを見て震える手で撫でたりしながらも、次の瞬間「お母さん」と呼ばれたら私はもう生活の中に戻る。弟のいない世界での生活に戻る。

ごめんね。

 

モラハラとの暮らし② 彼の教育

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モラハラとの暮らし①の続きです。

 

付き合っていない男性からのプロポーズを断り、これで勘違いされることもないだろう一安心と思ったのですが、そうではありませんでした。

 

何故なら彼にとって私の返事に意味なんてなかったから。

彼にとって、ターゲットを見つけた、プロポーズをした、次は結婚という流れは既に決まっていて、そこに相手の気持ちなんてものは不必要だったのです。

私の両親にも当てはまるのですが、モラハラ加害者達にとって、言葉はあくまでも自分の気持ち表明するためのもので、相手とコミュニケーションをとるためのものではありません。

 

プロポーズを断った私に彼は「わがまま」だと言いました。

「天狗になってる」「自分の身の丈がわかっていない」「30代の女としての自覚がない」「自分を客観視できないのはあなたの年齢で恥ずかしいこと」「僕ならそんな頭のおかしなあなたを年上の包容力で受け止めて、恥ずかしくないように教育してあげられる」と言いました。

 

はあ?ふざけるな。

と思いますよね。

大きなお世話だよ、と。

 

私もそう思いました。

私は自由になるためにそれまでの全てを捨てて前の夫と別れたのに。

二度と私を「教育」する奴と関わりたくない。

私はあなたの人生の都合のいいアクセサリーになるために生まれてきたのではない。

あなたが私に求める女性像は、本来の私の性質からは程遠いもので、その主体性がなく従順で幼稚な性具になるつもりはさらさらない。

と伝えました。

そのような女性を求めるあなたに好意を持たれことが屈辱的だと。

 

これだけはっきりと言ったのだから伝わっただろうと思いますよね。

それが全くなのです。

先程も書いたように彼らにとって相手の言葉は意味をなさない。

私の言うことに「そうか」「そうなんだね」と相槌をうっていたので、わかってくれた?価値観がキモいから関わるなってこと!と思ってましたが、彼にとって、私の言うことは、あくまでも調子に乗った馬鹿な年増の女のわがままで、それは自分の教育で「矯正してあげる」ものだったのです。

怖っ!

 

さて、彼にとって、私は教育してあげる必要がある婚約者でしたから、教育が始まるわけなのですが、まあ、地獄ですよね。

 

ちなみに彼に結婚したいと思った理由を尋ねると、これまで自分の身の回りの世話をしてくれていたおばあさまとお母様が立て続けに亡くなられたために、生活が不便になり誰か世話してくれる人が必要だった。それにもう45歳だし、そろそろ子どももほしいし、母親や祖母のように口うるさくなくて、毎晩セックスできるから奥さんがほしいなと思ったと。

 

それは結婚する女性を馬鹿にしてない?

人間としてみてないんじゃない?

と反論すると

 

男なんてみんなそうだよ。

あなたは世間を知らなすぎる。

頭でっかちなフェミニスト気取りの30代のおばさんなんて最悪だよ。

でも大丈夫。あなたには僕がいるから。

教育を受ければまともになれる。

と醜い笑顔で手を握られて鳥肌が立ちました。

 

そして私の意見を一切無視して、彼の教育がはじまりました。

 

彼は私に断りなく私の両親に連絡を取り、「私がわがままでとても困っている」と言いました。

 

③に続きます。

モラハラとの暮らし① 出会いとプロポーズ

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私がモラハラ男性と同居していた時期は、31〜33歳の一年半くらいです。

この人とは結婚しませんでしたが、婚約しており、両家の両親の顔合わせ食事会、結納、式の見積もり、2人で暮らす自宅の建築を済ませており、あとは結婚だねという感じで同居していました。

 

出会いは職場でした。

彼は、私の働く大学図書館に国の機関からある資料の調査研究を手伝いに来た研究者の1人でした。

彼の素晴らしい経歴に皆期待していましたが、彼は仕事ができない人でした。

しかし腰が低くく、のんびりとした人柄が良い人だったので、まあそういう人もいるよねという感じで、私も、漠然といい人だなと思っていました。

(今から思い返せば、彼は明らかに仕事が不得意なのに、自分では俺はすごいと思っているようで、その態度は非常に不可解でした。)

 

そのパソコンさえまともに扱えない戦力外の人柄だけはいい彼が、私に好意があると言い、ちょっとした物を頻繁にくれるようになりました。

展覧会のチケットだったり、ポール&ジョーのリップだったり、シャネルのネイルだったり、小さなもの。

それらを仕事を手伝ってくれたお礼だとか、職場で配ったお土産のお礼だとか、あるいは、余っていたから、とか間違えて買ってしまったからとか、だからもらってくれないと困ると言って私にくれました。

「優しい人ですね」「あなたみたいな人と付き合いたいな」「僕のことを男性としてどう思いますか?」

そう言われても、へ〜私みたいな人と付き合いたいなんて変わった人ですね。

男性として?なんとも思いません。

それより仕事覚えてください。

と返答していました。

 

私は、ADHDだからなのか、単に知能が低いからなのかわかりませんが、他人の言葉をそのまま言葉のまま受け取ります。

謙遜とかお世辞とかわからない。

だから、困ってるならもらっておこうとその細々としたものを受け取り、私みたいな人と付き合いたいなら、私みたいな人(私ではない)と出会えるといいですねと思っていました。

 

発達障害にしても鈍すぎるだろうと思われるかもしれませんが、私は26歳年上の大学教授である前夫と19歳から30歳まで同居していて、ほとんど社会から隔離されたような生活を送っていたので、普通の男女交際について無知だったのだと思います。

これは今もですが。

 

そんな彼にある日、自宅に招かれ、抱きつかれ、プロポーズされました。

違和感と嫌悪。

 

周りのモラハラ話を聞いてもモラハラ男の特徴として、付き合ってから(私は付き合ってもいませんでしたが)すぐに結婚の話が出るというのがあるように思えます。

 

もちろんお断りしました。

 

前夫は若い頃から憧れ、恋い焦がれていた相手だったし、何よりちょっとないくらい美しい容姿の人だったので、26歳年上というのは全く気にならなかったのですが、彼の場合は、一般的なおじさんだったので、10歳以上ということで、いや、おじさんじゃん、肌のたるみ、シミ、歯茎の色に老いを感じる。存在全体に老い、そしてその先にある死しか感じない。恋愛対象とかありえない。普通に生理的に無理だよとなったわけです。

 

②に続く。