発達障害ちゃんと赤ちゃん

ADHDのこと、夫のこと、息子のこと、実家のこと。

父の呪い⑤完結

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④の続きです。

 

 大学で仲の良い友達ができた。

 一緒に授業を受けて、学校帰りに自転車でいろんなところに行くし、お互いの家に泊りに行って夜通ししゃべる。

 彼氏もいる。

 年下の金髪の男の子。かっこよくてかわいい。

 バイトも楽しい。

 売上がいいとバックヤードにある成績グラフにピングーのシールを貼ってもらえるし、時給も上がった。

 それに何より、おばあちゃんの鬱が叔父家族と住むようになって劇的に良くなった。

 

 実家を出て、正解。

 全て上手くいっている。

 私の判断は正しかった。

 私は、お父さんにもお母さんにも支配されない。

 そのはず。

 そのはずなのに、私はひどく消耗していて、希死念と自暴自棄な気持ちでぐじゅぐじゅだった。

 夜布団の中で意味もなく毎日涙がこぼれた。

 どうしようもなくさみしい、と思った。

 

古代から人間、さみしい時と暇なときはろくなことをしない。

 

そんな時に、最初の夫と出会った。

その時、彼は40代の助教授(20年前はまだ助教授という呼び名だった)だった。

整った顔立ちといかにもフランス育ちのプレイボーイといった立ち振る舞い、それに離婚歴が2回あることで学内では割と有名だった。

研究成果でなくそんな色物として有名な先生というだけで、この先思いやられるわけなのだけれど、まあ予測通り、ろくなことにはならなかった。

だいたい20も年下の学生と付き合う教員なんてろくでもない。

1000%ろくでもない。

どんなに真実の愛だろうとも(そう思い込んでようとも)。

 

しかし自暴自棄で破滅願望の具現化であった当時の私は、彼の誘いにのった。

面白そうという理由でふらふら誘われるままに、展覧会やオペラに行き、それが昼から夜になり、夕飯を伴うようになり、手を繋ぐようになり、手紙が届くようになり、ちょっとした贈り物をもらうようになった。

面白いなと思った。

彼にも私にも恋人はいたし、付き合っているつもりはなかったけれど、滅茶苦茶な私以上に滅茶苦茶な彼と一緒にいると気が晴れた。

それが仕事で第一人者なのだから当たり前なのだけれど、彼の思想や学術研究についての見解はとてもとても興味深く面白くて聴いていると時間を忘れた。

それにどんな疑問について尋ねても答えてくれるので、爽快感があったし、まるで自分が賢くなった気分になれた。

 

彼には知性があった。

それは実家の父母にはないものだった。

 

私にはあなたたちにないものがある。

私はあなたたちとは違う。

田舎の無教養なあなたたちから私は遠ざかったの。

私は違う。

私は違う。

もっと遠くにいかなくては。

先生、私をもっと遠くに連れて行ってください。

それって、どうゆうこと?

寝て。

 

本当に愚かな幼い女の、傷を負った女のやりそうなこと。

お恥ずかしいかぎりでございます。

 

そして私たちは付き合うようになって、長い間一緒に暮らし、結婚して、離婚した。

 

先生と付き合っても、結婚しても、他人の知性なんかで父母から遠くになんていけなかった。

当たり前だけど。

もちろん父の呪いは解けなかった。

私はずっと自分が嫌いで、無価値で、生きていることは自傷だった。

もう先生と一緒にいても、滅茶苦茶しても面白くなかった。

狂気を保つにもエネルギーがいる。

うんざりだと思った。

不幸に倦んでいた。

居場所がなかった。

他人の知性も他人のお金も私に居場所をくれなかった。

 

やっと自分の居場所は、自分の知性と自分のお金でしか得られないと気が付いたのは、20代後半になって仕事をし始めてからのことだった。

気が付くまでの20代前半は、言うなれば、おっさんのおもちゃ。

メンヘラビッチとスケベなおっさんの気色悪いペア。

ああ、嫌だ。

 

得るものも多かったけど、私たちは対等な関係ではなかったし、私が最初の夫と結婚したのは愛ではない。

彼の顔も、体も、声も、仕草も、書く文章も(愛の籠った手紙も論文も)、撮る写真も、好きだけれど、愛はなかった。

私はずっと自分だけがかわいかったし、自分のことしか考えてなかったし。

 

離婚して、好きな仕事をして、自信をつけたら、徐々に呪いは解けていった。もう死にたいとは思わなくなった。自分の不幸を面白いと思わなくなった。

他人のことが思いやれるようになった、というか、このあたりでやっと、他人にも人格があり、それぞれの感情があるのだとわかるようになった。他人が人間としてみえるようになった。

自分のことばかりだった過去を恥じた。

少し人生に光が差した。

祖父が死んで10年経って、やっと地に足が付いた気がした。

 

 

おしまい