発達障害ちゃんと赤ちゃん

ADHDのこと、夫のこと、息子のこと、実家のこと。

もう一つの虐待②

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母は姉弟みな平等という思想の持ち主で、自分が弟を溺愛している自覚は全くあしませんでした。

「さくちゃん(仮)はまだ小さいから」

「さくちゃんは男の子だから」

「さくちゃんは身体が弱いから」

という彼女なりの理由で弟に付きっ切りで世話を焼いていました。

全くの不平等も彼女の歪んだ認知により、紛うことなき平等に思えるようでした。

 

例えば、食事。

弟は私の8つ下です。

私が小学2年生の時に生まれました。私が小学4年生の時、弟は2歳。

当然、食べる量、必要なカロリーは違います。

しかし母は「兄弟は皆平等であるべき」という考えのもと、私に2歳の弟と同じ量の食事しか与えてくれませんでした。

だからいつもお腹が減っていたことを覚えているいます。

祖父母が母に意見してくれましたが、母は自分は正ことをしていると信じ込んでいますから、祖父母にキレ散らかし、「お前のせいで私が悪者にされた」と叫びながら、食器を割り、鍋の中の料理を床にぶちまけ、庭先に出て近所中に聞こえる大声で「助けてー!!!殺されるー!!!」と叫ぶので、どうにもしようがありません。

(近所の人は母がしょっちゅうこのようなことを繰り返しているので慣れていました)

なので、ひもじかったですが、夜中にこっそり祖母におにぎりを作ってもらったり、祖父の作ったお酒の肴を分けてもらって凌いでいました。(母は基本的に男性にはあまり逆らわないので祖父にはあまり反抗しない。嫌そうにはしていましたが)

それでも私は小中とずっとガリガリで、大抵クラスで一番痩せていました。

今でも「痩せている女の子が好き」という男性がいると食事を制限して支配したい欲望があるのではと思ってしまいます。

それに平等平等と母は言っていましたが、私は誕生日会を開いても、弟が主役として母と共に登場してケーキの蝋燭をふーっとしてしまうので、自分のバースデーケーキの蝋燭の火を吹き消したこともないですし、買ってもらったおもちゃや文房具、学校で必要なものまで、弟が欲しがれば差し出さないといけませんでしたから子ども時代に何かしら自分のものを持った記憶がありません。

家にあるものは全て弟のものなのです。

全てを嫌がらずに差し出すのが、お姉ちゃんとして当たり前なのです。

 

そんな風に育てられた弟は、中学生になってもくしゅんとくしゃみをすれば、母親が鼻をかみ、高校生になってもコンタクトレンズを毎朝母親が目に入れる、それが当たり前だとおもっている奇妙な男の子でした。

 

そんな弟がある日、寝たきりになりました。

酷いめまいで立ち上がることができず、横になっていてもぐるぐると目が回るらしく寝ることすらままならない状態です。

もちろん、病院に行きましたが、原因不明。

弟の部屋のある2階へ上がることもできずに、一階の和室に布団を敷いて1週間寝たきり生活を送っても症状が改善しないので、大きな病院を受診することになりました。

しかし、そこいろいろな検査をしても病名ははっきりせず。

入院することになりました。

これが弟の人生のターニングポイントとなったのです。

 

③に続きます。