発達障害ちゃんと赤ちゃん

ADHDのこと、夫のこと、息子のこと、実家のこと。

弟と犬の写真

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今日の最高気温は36度。窓から見ると外は太陽が燦々と照っていて、朝ベランダに干した洗濯物はもう乾いたようです。

ヒラヒラと風にはためく洗濯物、強い日差しを受けて光る隣のマンションの窓、外はとても暑そうで、私はそんな外の景色をぼんやりと見ながら空調の効いた涼しい部屋で寝そべっています。

少し前までは引っ越しの荷物を片付けていたのですが。

 

引っ越して半年以上経つのにまだ2つ荷ほどきしていないダンボールがあって、今日こそ片付けよう!

せっかくの夏休み有意義な使い方をしなくては!

と張り切っていたのに。

 

ダンボールの中には、本とか猫のおもちゃとか膝掛けとか、そんな特に必要じゃない物がいろいろと入っていました。

写真が何枚かありました。

 

誰かの結婚式の二次会の写真とか、ぼやけた実家の猫の写真とか、いつだかわからない学会の写真とか、どれも15年以上前のもので、アルバムに綴じずに封筒に纏めて入れていたのでした。

 

その中に弟と実家の犬が一緒に写る一枚の写真がありました。

弟も犬ももうこの世にはいません。

それがにわかには信じられずにジッと写真を見ていました。

ここにいるのに、と思って。

 

パジャマのままのぼんやりとした表情の猫背の弟、弟に顔を寄せる犬、私が実家の薔薇のアーチの下で撮った写真。

 

その日のことを今もよく覚えいます。

私は前の夫と暮らしていて、実家に何か取りに帰って来ていて、その時使い捨てカメラのフィルムが余っていたので、たまたまそこにいた弟に「レオン(犬)と撮ってあげるから、そこに立って」と言って撮ったのです。

弟は私の急な思いつきにめんどくさそうでしたが、つっかけをはいて庭に出て犬の隣に立ってくれました。

 

私が撮った最初で最後の弟の写真。

あずまんが大王』を貸してくれた。私がこれ好きというとよろこんでいた。

私は『あずまんが大王』の内容をまだよく覚えていて、好きなエピソードがいくつもあって、それなのに貸してくれた弟はいなくて、漫画のバカバカしい内容と弟の悲惨な死が頭の中で絡まって叫びたい気持ちになる。

毎日のように弟の死がやっぱり嘘でした〜!という内容の夢を見る。

そうだよね〜、あ〜びっくりした〜と夢の中で安心する。

起きて、胸の中には偽りの安心感が広がっていて、息がしやすくて、徐々にあれは夢で、弟は本当に死んだんだと現実がジリジリと迫ってきて布団の中で歯を食いしばって泣く。

絶望というものがどんなものかよくわかる。毎朝。

 

弟の写真。

犬も弟もいない。

もういない。

もういない。

助けてあげられなかった。

 

死んで楽になったのだろうとおっしゃる方がいらっしゃいます。

苦しかったのが楽になったのだからと慰めてくださっているのでしょうが、私はそもそも弟が死に追いやられるほど苦しんでいたのがかわいそうでならないのです。

 

父が言うように、その苦しみは弟が受けなくてはならないものだったのでしょうか。

自業自得、自己責任だったのでしょうか。

そんなわけないんだよ。

優しい弱く穏やかな弟が苦しむ世界がクソ。

 

父は弟の通夜で「息子は親不孝者です」と言った。

お前はここまで来てもまだあの子を否定するのかと戦慄した。

父はクソだ。

 

お父さんのことお姉ちゃんがどうにかしてあげようか?

あなたは何も悪くない。

どこもおかしくない。

助けてあげられなくてごめんね。

 

外はとても暑そうです。

写真は本棚の上に飾りました。