発達障害ちゃんと赤ちゃん

ADHDのこと、夫のこと、息子のこと、実家のこと。

救いのない話

書こうかどうか迷ったのだけど、最近、つい最近、息子の顔にホクロができたんです。

目を凝らさないと見えないような小さな小さなホクロです。息子の顔に初めてできたホクロです。

 

私は、「こんなところにホクロがあるねかわいいね」と言いました。

息子は、嬉しそうに「鏡で見てくる!」と言って、走って洗面室に行きました。

息子が戻って来て「お母さん?どうしたの?」

と言います。

どうもしないのに。

でも(どうしたの?)と息子に問おうとしても声が上手くでなくて、手に力が入りません。

頰には涙。

胃がすーすーする。

 

息子のホクロは彼の小さな桜貝色の唇のすぐ近くありました。

そこは、3月に自死した弟のホクロがあった場所でした。

 

「○○はおしやべりやし、口の近くにホクロがある!」

「大きいお姉ちゃんは泣き虫やし、目の近くにある!」

30年以上前にまだ幼い、今の息子の同じくらいの年の弟と交わした言葉が不意に蘇りました。

その時のおどけた笑顔も、愛らしいぷくぷくのほっぺも、来ていたオーバーオール、実家の匂いも、蛍光灯の眩しさも全部が。

 

そう、弟は、お喋りな子どもでした。よく喋り、よく笑う、ひょうきんな、優しい子どもでした。

 

もういない。

そう思うとたまらない気持ちになり、私の様子を心配そうに見る息子に掠れ声で「ごめんね。大丈夫だからね」とやっと言うと、わんわん泣きました。

ホクロ一つでこんな風に思い出して泣くくらいなら、どうして弟が生きている間にもっと気にかけてあげなかったんだろう。

どうして!どうして!どうして!私は!どうして、クソなんだよ!私が死ねばいい!私が!私が!私が!

声にならない叫びです。

弟が死んだ後何度となく繰り返してきた意味のない、役立たずの自己憐憫

 

実家の父を嫌い、家族とほぼ絶縁状態にあった弟が家族の中で唯一連絡をとっていたのは私だったのに。

私だったのに。

自衛官だった弟は航海に出ていても電波が届く限りは私からの電話に出てくれました。

仕事中でも。

今から思えば何か助けて欲しかったのかとも思えます。船の上での生活はそこでの人間関係は随分辛かったようだから。

私は人の心にとても鈍い。

他人の気持ちがいつもわからない。

言葉以外に何も感じ取れないのです。

ADHDの特質もあるのだと思います。

そんな自分の特質が憎いです。

 

船から降りて自衛隊を除隊してから弟は少し変わりました。

喋ることも笑うことも少なくなりました。

それでもまたいつもの弟に戻るだろうと思っていました。

私は鈍い上にクソ馬鹿だから。

 

弟は実家に帰って、少しゆっくりしたいと仕事を辞めてアルバイトをしながら学校に通っていました。

でもだんだんと横になっている時間が長くなり、学校に行く以外は横になっているようになりました。

背中が痛い、腕が痺れると言っていたようです。

横になってばかりの弟に、弟より3上の妹が「私の子どもに悪影響になるから、ごろごろせずに働け!」「大学院なんて贅沢なもの辞めろ!」「私は働いて育児もしてるのに毎日毎日昼に起きてダラダラしてるお前がいると気分が悪い!」「就職して早く出て行け!」と言いました。弟の就職が決まるまで毎日のように。

私にも妹から「子どもに悪影響だから弟に就職して実家を出ていくように説得して」と連絡が何度がありました。

妹は実家に住みながら食費も家賃も払わずに甥の育児は母に任せっきりなので、本来なら弟に偉そうなことを言える立場ではありません。

私も「父は実家を弟に相続させるつもりなのだから、不満があるなら自分が出て行けば?」と返信しました。

「生活レベルが下がるのは子どもがかわいそう。子どものことを1番に考えられないキチガイ。お前の子どもがかわいそう」と連絡があったので、無視していたのですが。

でも実家の家族は昔から妹の癇癪には逆らえないのです。

叫び、物を投げ、子どもに悪影響だとかわいい孫を人柱にされては、両親も「そろそろ働いたら?あなたが働けば丸く収るのだから」となりました。

そして、弟は学校を辞めて就職しました。

就職はあっという間でした。

私が実家に帰った時に「仕事決まったから」と言われてとても驚いたことを覚えています。

そして1週間で就職した弟は、そのまた1週間後に引っ越して、その2ヶ月後に死にました。自分で。

 

口元にホクロがあるお喋りな弟。

私が殺したという気持ちがずっとある。救われたくない。

ずっと私が殺したと思い続けて苦しんでいるべきだ私は。死ぬまで。笑いながら生活していても。苦しんでいるべきなの。それしか方法がないから。死なないで生きる方法が。

 

めちゃくちゃ暗い話になってしまった。フィクションですと言いたいけれど、少しフィクションを入れた実話です。

未消化の苦しみを抱きながらも息子をお風呂に入れて歌を歌い、笑い合い、息子のホクロを見て震える手で撫でたりしながらも、次の瞬間「お母さん」と呼ばれたら私はもう生活の中に戻る。弟のいない世界での生活に戻る。

ごめんね。