子どものいる生活

息子のこと、夫のこと、私の生活のあれこれ。順風満帆。

妹からのお願い

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ひしひしと不安が胸中に満ちるのがわかる。私は電気を消して、そして、窓を閉め、暗闇の中で目を開き不安に身を委ねる。

湿度の高いもったりと重い空気の中では息が苦しく、吸っても吸っても酸素が肺に行き渡らないように感じる。そんなはずないのに。

浅く早い呼吸音が気を急かす。早くなんとかしなくちゃ。早く答えを出さなくちゃ。

息子の顔が見たいのに、寝室に行き眠る子を見ることが許されない甘えた行為に思える。

私だけそんな美しいものを見て気を確かに保つなんて「ずるい」ことのように思える。

 

妹となら間違いなくずるいと言うだろう。妹は私に事あるごとに「ずるい」というから。

ほんの小さな子どものころからもうすぐ40になろうという今でも「お姉ちゃんばっかりずるい」と吐き捨てるように言う妹。その妹の子どもが重い病気だという信じがたい知らせが昨日あったのだ。

妹は電話口で泣き、叫び、やはり「お姉ちゃんばっかりずるい」と言い、最終的にはいつもそうするように私を罵倒し「息子くんを私に頂戴。お姉ちゃんに子どもを育てるのは無理。〇〇ちゃん(自分のことを名前で呼ぶ)が育てた方が息子くん幸せになる。手放さないのはお姉ちゃんの自己中。息子くんを大事にしてない証拠」などと支離滅裂なことをさも理路整然としてるかのごとく自信満々に語った。

 

そして、次の日、信じられないことに妹が自宅に来た。自動車で6時間もかけて来たと言い、呆然としてる私に妹は「疲れたからマッサージをして」とどさりと巨体を横たえた。

目眩がした。

その姿は、ひどく醜くかった。

短いスカートから伸びた手入れのされてない脚、剥げたペディキュア、脱色を重ねて傷んだ髪、顔の化粧だけが丁重に施され妙に立体感があった。

「お姉ちゃん、息子くんの将来のために昨日の話、よく考えてよ。でもまああんたの意固地は知ってるし、息子くん、とりあえずちょっとだけ貸してくれる?さみしいから。□□(甥の名前)も寂しがってるし、話し相手に貸して。お願い。妹が寂しがってたら普通お姉ちゃんなら協力するよな?あんたそのくらいできないと人間関係やっていけないと思うよ。家族だから忠告してあげるけど」

「無理。貸せない。息子には息子の生活があるし、物じゃないんだから貸すとか無理」

「へぇあんた□□が死んでもいいの」

床に寝そべりながら首を上げ、ソファに座る私のことをギロリと睨みつける。

嫌い、拒み、距離を置いても縁は切れない虚しさ。

拒み切れない。

私は妹が怖い。得体が知れないから、言葉が通じないから。

「お姉ちゃん、ここ家賃いくら?」

何も言わない私に妹が尋ねる。

答えたくない。

返答しないでいると、勝手に冷蔵庫を開けて

「お茶ぐらいだせよ。女のくせに」

と言いながら冷蔵庫からコーラを出して喉を鳴らして飲んだ。

明日、訪ねてくる別に暮らす夫のために息子が買ったコーラなのに。

妹が私と息子の家にいることが我慢できなくなって、

「もう帰って。息子は貸さない」と叫んだ。

妹は「キチガイ」といつものようにいい、声を上げて笑った。

「お姉ちゃん、□□が嫌いなんだ。死んでもいいんだ。帰ったら□□にそう教えるわ」

「いつまでふざけてるの?」

今度は私が妹を睨みつける。

「きっも!キチガイ!あ〜イライラする。あんたといるといっつもイライラするわ。気分悪い。とりあえず、あさってまでに貸すか貸さないか返事して?あさってまで待ってあげるわ。ねぇ我儘じゃないからね?勘違いしてるかもしれないけど□□のためだからね?日本語わかる?」

そう言って妹は出て行った。

私は無論、息子を妹に貸す気は少しもない。

しかし病床の甥が息子に会いたいといっているなら叶えてあげたい。

でも妹には関わりたくない。

妹のことを思い出すとまた呼吸が浅くなる。

窓の外が明るい。大丈夫、ここは東京だから大丈夫。誰も私に「姉妹仲良く」と言わない。

大丈夫。

だから早く答えをだそう。

息子と私の生活が1番大事だという答えを。

早く。

早く。