子どものいる生活

息子のこと、夫のこと、私の生活のあれこれ。順風満帆。

あやむるこころ

 

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小雨が振り出した。開け放った窓から雨の匂いが入ってくる。秋の雨の匂い。ベランダではすっかり乾いたシーツが揺れているのにソファに横たえた体がずっしりと重く取り込みに行けない。

 

私はなんと涙ぐましいのだろう。

たった1人で戦って。

疲れ果てて。

成果もあげられずにこんなに疲れ果てて。

 

ベランダで揺れる2枚のシーツは水色と卵色。

私のと私の子どもの。

私の子どもは今頃保育園でお友達と遊んでいるのだろう。

楽しくしているだろうか。

口に出せない悩みなどないだろうか。

どうかありませんように。どうか。

 

5時の放送が流れる。

「ピンポンパンポーン

早くお家に帰りましょう」

ああ、マスカラを塗ったまつ毛が重い。

弁護士との打ち合わせのために丁寧に施したナチュラルメイク。

 

「馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

 

あやむるこころ

殺むる心」

 

昔覚えた短歌を空で読む。

「なんでも相談してください」

「あなたの苦しみは私の苦しみ。あなたの喜びは私の喜びです」

そうですか。

では先生、おうかがいします。

私は夫の心を殺めたのでしょうか。

私は夫が言うように頭がおかしいのでしょうか。

教えてください。

先生、

私のことを名前で呼ばないで、手を握らないでください。

それも私に原因があるのでしょうか。

私の頭がおかしいからでしょうか。

嫌だと思うことがおかしいのでしょうか。

汚いおばさんの思い上がりでしょうか。

もう誰にも会いたくありません。

そんなこと言わない。

お金の話をするだけ。

ナチュラルメイクで、微笑んで。

 

シーツが濡れていく。

雨の匂いが濃い。

夫に会いたい。

私の味方だった頃の夫に。

目を合わせ両手を広げれば抱きしめてくれた夫に。

かなわない願いが雨の匂いに滲んで溶ける。

情けない願い事だ。

決して口には出せないような。

もういない人を恋うなんてどうかしている。

 

私はなんて涙ぐましいのだろう。

こんなに情けなく恥ずかしく醜いのにまだ戦おうとするなんて。

これ以上まだ傷つくのか試してみるつもりなのか。

 

シーツを取り込んで息子を迎えに行こう。

笑顔で迎えに行こう。

大丈夫。

雨は上がったみたい。