子どものいる生活

息子のこと、夫のこと、私の生活のあれこれ。順風満帆。

読書感想文

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息子の夏休みの宿題に読書感想文というものがある。

好きな本を読んで感想文を800字書く。

800字も!小学校一年生の子供が!と驚いたが、やらないといけないらしい。

ついこの前ひらがなを習っていたばかりなのにそんなに長い文章を書けるものなのだろうか。

息子は本は好きで毎日読んでいるけど、その中に800字も感想を書けそうな本は見当たらない。

彼が好んで読むのは図鑑、国語辞典、日本地図、世界地図、ギリシャ神話、古事記、毎月進研ゼミから送られてくるチャレンジ一年生ふしぎ発見ブック、購読している月刊たくさんのふしぎ

彼にとって本とは知りたいことを調べるものであり、何かしら架空の物語を楽しむためのものではない。尋ねてみても本を読んだ感想もない。

私は図書館で司書をしていた頃、読み聞かせが好きで、館の催しでやるだけではあき足らず、近くの小児入院施設にも本を携え読み聞かせをしに行っていた。

素晴らしい、面白い、心に響く、明るい気持ちになる読みたい絵本は山のようにあった。

その頃からもし将来子どもをもったら絵本をたくさん読んであげようと思っていた。

そんな理想を胸に乳児の頃から毎晩欠かさずに絵本を読み聞かせてきたが、3歳になった頃にはもう物語の絵本を嫌がり、図鑑を読み聞かせるようにせがまれた。

息子は図鑑が大好きで、知らないことを知ることが大好きで、図鑑を見る目は好奇心でキラキラと輝いていた。

息子は物語を必要としていない。私にはそれはとても健やかなことに思えた。

物語なんて必要としないほうが健全だもの。

あんなに絵本の読み聞かせが好きだったのにそう思った。

 

私は息子とは違い物語が好きだ。必要だ。

物語は美しい嘘の世界だから。私は美しいものが好きで卑しい汚いとものには触れたくないから。

私は物語から沢山のものを学んだ。

私が生きていくのに絶対必要なことを。

幸せで美しい世界は存在するものでなく、自分で勝手に創り出すものであるということ、つまり、それは、事実がどうあれ強引に創り出すもので、それができる魂を大切に大切に手入れしなくてはならないということ。

強引に美しい物語を創り出しそこで息をしなければ、この世界は苦しい。私にとって物語はお金より色恋よりも絶対の必需品だ。

 

「この耐えがたい世界をきみの燃えるような魂が生み出す想像の力で捩じ伏せればいい」

私が初めて書いた物語を読んだ最初の夫が言ったことを思い出す。

笑ってしまう。

裕福で愛情溢れた家庭で生まれ育ち、容姿、頭脳に恵まれ、レベルの高い教育を受け、周りの人に恵まれ、好きな研究をして評価され、教授になり、富豪の娘と結婚し、浮気をして離婚し、従順な女と結婚し、浮気して離婚して、40代後半で20代の私と結婚して、時間にもお金にも余裕があり、いつも周りから素晴らしい素晴らしいと言われる人生を送るあなたの口から出る「耐えがたい世界」は完全に借り物で、どこかで見知り使おうとストックしていた借り物の言葉で私のことを評価するペラペラの薄さ、うすら寒さ、滑稽さに笑えた。

それに私の書いた物語のある箇所を指して「ここは僕がモデルなの?」と問うので、思わず鼻で笑った。

フィクションを扱うプロのあなたがそんなことをいうなんてなんてこと。

物語は物語だよ。

この物語は全部嘘。ここにあなたは存在しない。あなたの片鱗も。

あなたは卑しく醜いからここには入ってこれないの。わからない?

 

息子は物語を必要としない。彼自身が美しいから。彼は世界に居場所があるから。

読書感想文には丁寧にカマキリの成長過程が書かれ、「きもちをそうぞうしてかきましょうとありますが、ぼくはかまきりになったことがないので、かまきりのきもちはわかりません。でもかんさつとじっけんでかまきりのことをしらべてこのほんをかいたひとにかんしゃします。このほんでかまきりのことがくわしくしれてよかったです。いろいろなことをしることができるので、ぼくはほんをよむのがすきです」と結ばれていた。

息子はとてもいい。